「そんなクソ祠、早速明日にでもぶっ壊しにいきましょ!」

埴輪庭(はにわば)

井森 仗助

 ◆


「ふんふんふんふん、なるほどね、呪いですわそれ! なんか逆恨み的な! 静かにして欲しかったのに、何祈ってんじゃワレ! みたいなね! ならもうね、こんなもんいっそぶっ壊しちゃいましょう! え? 適当になんて言っていませんよ、マジで言っています! 大体さァ! 神様だから偉いってわけでもないでしょうに! 神様ってのはアンタの上司ですか? それとも学費なり払ってくれた親とかですか? 違うでしょ、聞けば〇県のどこぞの山奥の神様なんて、アンタと何の関係があるんですかね? なーんの関係もない人……じゃない、神様だってのにお供えしてさァ! よくわかんねぇ理由で逆恨みされたらたまらんすわ! ほら、考えてみたら段々と腹が立ってきたんじゃないですか? ですよねえ、人間舐めるなってね、ぶっ壊しちゃいましょうや! よしよし、じゃあ旅費出しますよおもしろそうだから! そんなクソ祠、早速明日にでもぶっ壊しにいきましょ!」


 井森仗助イモリジョウスケは「確かにッ……!」と納得してしまった。


 だが問題もある。


「で、でもぴるるんさん、壊すっていってもどうやって……確かにボロっちいですけど、石でできてるんですよ。今からホームセンターかどこかでハンマーとか買ってきたほうがいいですかね……?」


 井森が尋ねると、ぴるるんは一喝した。


「バーロー! ドーグに頼ってるから舐められるんだよ! 祠? っていってもどうせ小さいんだろ? だったら素手でぶち壊せ! 蹴り砕け! 怒りっていうのはドーグ越しじゃあしっかり伝えられないもンなんすよ!」


「確かにッ……! 流石っすね、ぴるるんさん! わかりました! 明日、朝いちばんで〇県に飛んで、あの祠ぶっ壊してやりますよ! 崖から落としてブチ砕いてやります!」


 そうして通話が終わり、井森は大きく伸びをした。


 心がすっきり爽快に晴れ渡っている。


「やっぱ本物は違うな、ズバッと解決してくれる……いや、解決するのは明日か。とにかくこれで──」


 井森は窓の方を見た。


 カーテンの向こうの薄っすらとした影──誰かが立っている。


 髪の長い女だ。


 耳を澄ませば何か囁き声の様なものが聴こえてくる。


 ──……サナイ、ユル、サナイ……


 井森はうんざりした表情をしながら、カーテン越しのを睨みつけた。


 は、ある日を境に見えるようになったのだ。


 最初は視界の端に一瞬映り込む影のようなものだったが、段々と露骨になってきている。


 この井森という男は生来チンピラ気質にできており、気が強い。


 しかしそんな井森でも、には本能的な危機感を抱き、迂闊な行動──例えば、をむやみに挑発したり、その姿をむりくり確認しようとはしなかった。


 それをしてしまえば自身に危機的な何かが降りかかる──そんな予感がしていたのだ。


 この辺、そんじょそこらのホラー映画の登場人物とはワケが違っていた。


 今そこにある危機に対して、レミングの死の行進の更新の如く馬鹿みたいに突っ込む事はしない。


 しかし事を放置すれば、それはそれで致命的な事になってしまう事も本能的に理解していた。


 現に実害も出ている。


 急に息苦しくなった井森は強くせき込んだ。


 首元に触れるとひりつく様な痛みが走る。


「クソ、段々締まってきやがる」


 鏡にうつせば、井森の首には手の跡と思しき痣が浮かんでいるのが見えるだろう。


 この痣が段々と濃くなり、井森はまるで誰かに首を絞められているようだと感じていた。


 そもそもなぜそんな事になってしまったのか? 


 それは──


 ◆


 井森仗助、27歳。


 これでいて、山登りが好きな男である。


 この三連休を利用して、〇県の初心者向けの山に登ることを計画していた。


 いつものチンピラ気質を横に置き、山登りに夢中になる井森はどこか無邪気でもあった。


 そして当日。


 登山道は静かで、自然の香りと木々のざわめきが心地よかった。


 井森はこういった静かな場所が好きなのだ。


 本職は建設関係で周囲の者たちときたら荒っぽく、畢竟井森も荒っぽく振舞わざるを得ない──チンピラ気質はそういった環境に身を置く事で染みついてしまったもので、本当の井森は自然を愛する男だったりする。


 そんな井森は道中、古びた祠を見つけて足を止めた。


 寂れていて、風化しているそれは一年後には消えてなくなっているかと思う程に存在感がない。


 井森は持っていた握り飯をお供えして、両手を合わせて何となく祈った。


「こんなもんしかなくて悪ぃけどよ、お供えしとくよ。その代わり何かご利益をくれよな」


 祠の寂れた姿に同情のような気持ちが湧き、せめてもの敬意を払ったのだ。


 敬意を払うという所に妙な気恥ずかしさを感じ、ご利益をくれよなどと悪ぶって見せたのは井森の照れ隠しである。


 ともあれ頂上にたどり着き、記念写真も撮った。


 風が心地よく、景色も素晴らしい。


 さらには気分も良い。


 祠にお供えして、祈ったりしたことでいい事をした気分になっていた。


 そんな若干の余韻を引きずりながら下山を始めたのだが、その途中で奇妙な事が起きる。


 背後からじゃり、という足音が聞こえた気がしたのだ。


 井森はすぐに振り返ったが、そこには誰もいない。


「気のせいか。ちっ、驚かせやがって……」


 井森は軽く首を振り、そのまま下山を続けた。


 ◆


 家に戻った井森は山登りの疲れでそのままベッドに倒れ込んだ。


 しかしこの日を境に井森の日常は一変する。


 最初は些細なことだった。


 視界の端に、黒い影のようなものが見えるのだ。


 気のせいかと思ったが、それは日に日に明確になっていった。


「げ、目をやられるのは勘弁だぜ……飛蚊症? とかじゃねえよな……」


 井森は不安になり眼科に行ったものの、異常はないと言われた。


 不安は募る。


 しかし、何か実害があるわけでもなく、影はただ視界の隅にちらつくばかりだったため、井森はしばらく無視することに決めた。


 ・

 ・


 日にちが経つにつれ、その影は次第に変化していった。


 色が付き始めたのだ。


 ぼんやりとした輪郭だったが、徐々に人間──いや、女のような姿が浮かび上がってきた。


 髪が長く、表情はぼやけている。


 はっきりと視線を向けるとその姿は消えるのだが、またすぐに視界の端にぼんやりと浮かぶ。


 流石に参る井森だが、それでも何も起こらなかったため、なんとか気にしないように努めた。


 しかし事態はどんどん不穏な方向へと転がっていく。


 ◆


 ある晩、井森は突然深夜に目が覚めた。


 まるで耳元で誰かが囁いているような気がしたのだ。


 薄暗い部屋の中で、井森は汗ばんだ額をぬぐいながら身体を起こした。


 周囲を見るが当然誰もいない。


 ──夢か? まあ夢か……


 とりあえずトイレに向かおうとした時、足元が濡れていることに気がついた。


 電気をつけると──


「……なんだよこれ……」


 ベッド脇の床が濡れている。


 しかし濡れているだけではなく、それは足跡の形をしていた。


 首に痣が出来たのはその日からだ。


 最初はうっすらを皮膚が赤らむ程度だったが、段々とそれは色濃くなっていき、ついには息苦しさすら感じる様になった。


 ここまでくれば流石の井森も心霊やら呪いやら、そういった方面を疑い始める。


 そうして除霊やお祓い、色々と調べてみた結果──


「どれもこれも信用できねぇ……っつか、詐欺くせぇ……ちょっとググるだけで詐欺って出るのはどういう事だよ」


 と、そんな結論に落ち着いてしまった。


 だがその過程でSNSでも見つける事になる。


 ◆


「ぴるるん? ……ん~、まあ詐欺だな」


 そのアカウントは"ぴるるん@心霊相談承ります"というアカウントだった。


 なんとフォロワーが70万もいる。


 投稿内容を見てみると、かなりカジュアルな内容だった。


 なんというか、のアカウントにありがちな仰々しさみたいなものは一切ない。


 しかし詐欺だと断じてはみたものの、気になってしまう。


 というのも、リプライや引用にネガティブな内容がないのだ。


 しかしそれだけでは安心できない。


 念のためにググって見るが、やはりネガティブな内容はない。


 あったとしてもどう見ても嫉妬やろ……というようなものばかりだった。


「解決しなければ無料か」


 井森は何となくそのアカウントが気になってしまって、DMを送る事にする。


 すると「通話できますか?」と返ってきたので了承。


 その結果が──


 ・

 ・


「ふんふんふんふん、なるほどね、呪いですわそれ! なんか逆恨み的な! 静かにして欲しかったのに、何祈ってんじゃワレ! みたいなね! ならもうね、こんなもんいっそぶっ壊しちゃいましょう! え? 適当になんて言っていませんよ、マジで言っています! 大体さァ! 神様だから偉いってわけでもないでしょうに! 神様ってのはアンタの上司ですか? それとも学費なり払ってくれた親とかですか? 違うでしょ、聞けば〇県のどこぞの山奥の神様なんて、アンタと何の関係があるんですかね? なーんの関係もない人……じゃない、神様だってのにお供えしてさァ! よくわかんねぇ理由で逆恨みされたらたまらんすわ! ほら、考えてみたら段々と腹が立ってきたんじゃないですか? ですよねえ、人間舐めるなってね、ぶっ壊しちゃいましょうや! よしよし、じゃあ旅費出しますよおもしろそうだから! 早速明日ぶっ壊しにいきましょ!」


 などというマシンガントークである。


 かなり適当な事いってんなコイツと思った井森だが、ぴるるんの声が妙に頭の中に沁み渡る。


 胡散臭い事を言っているのは理屈では分かるのに、なぜか信用できてしまう。


 確かにそうだ、こちとら握り飯までお供えしてお祈りをしたというのに、なぜ祟るのか? 


 祟るにせよ理由を言え……そんな思いで怒りがこみ上げてくる。


 それまで抱いていた恐怖や不安といったものが、怒りによってマスキングされ「やってやるぞ」と意気が沸く。


 そんなこんなで井森は、自分でも奇妙だと思いながらも──件の祠をぶっ壊しにいく事を決めてしまった。


 ◆


 そして翌日。


 まだ朝の冷え込みが消えやらぬ山道には、井森の怒号が響き渡っていた。


「舐めやがって!! タコが! チョーシくれてんじゃねえぞオラ!」


 蹴り、蹴り、蹴り。


 古びた祠に井森の登山靴の踵が何度も叩きつけられる。


「調子に乗りやがって!!! 調子コキ麻呂がよ、平安時代に還りますかァァァン!? シケた祠でシコシコシコシコ他人様の事を呪ってるんじゃ、ねえ!」


 タオルで拳を保護し、殴打する。


「何が神さまだ! こちとらイモリ様だ! 仕事とムラブルしか趣味のねぇイモリ様だ! 俺の平穏な日々を、どうしてくれるんじゃいワレ! カス!」


 ムラブルとはムラムラブルーファンタジーというソーシャルゲームで、美麗な絵で多くのシコ猿を魅了する覇権ゲームだ。


 井森はそれに給料の大半を注ぎ込むほどドハマリしていたが、常に首を絞められていたり、不気味な女の姿が視界にちらつく状況ではゲームを楽しめるわけもない。


 祠はもはや井森にとって怨敵となり、拳や足が痛むのも構わずひたすら暴力を振るい続けた。


 そうしてついに、祠が崩れる。


 そう、破壊してやったのだ。


 井森は祠をぶち壊した──素手で! 


 だが消耗は大きい。


 息は荒く、膝に手を当てて井森は何度も深呼吸をした。


 何度も、何度も。


 そして気付いた。


「……? あれ? 息が……」


 息が普通にできる。


 まさかと思ってスマホのミラーアプリ──鏡として使えるアプリを起動して首元を見てみると、ない。


「痣が、ねぇ! 無くなった!? マジかよ!?」


 呆然としてディスプレイを眺めていると、白い着物のようなものを着た女がいつのまにか立っていた。


 井森は目を見開くが、どうも様子が変だ。


 不気味さだとか不穏さだとか、そういうものは一切感じられない。


 というのも、その女の表情がとても和らいでいるというか、穏やかなものだったからだ。


 更に言えばツラも良い。


 そんな女が井森の後ろで微笑んでいる。


 井森は慌てて振り返るが──そこには誰もいなかった。


 だが、一羽。


 白く、大きい鳥が遠くの空を羽ばたいているのが見えた。


 ・

 ・

 ・


 ◇◇◇


 祟りなんかあるかよ、ばかちんが。


 俺はネット民のアホウさに辟易としてしまった。


 そんなものがあるなら日本中、いや、世界中祟りだらけで人類なんてとっくに滅亡してるわい。


 だって今マンションが建っているこの場所だって、きっと昔は墓なりなんなりがあったはずなんだから。


 そういうのを取り潰して色々ぶっ建てて──そんなもんを祟らずに一体何を祟るって言うんだ。


 だから呪いも祟りも、全部が全部思い込みに過ぎない。


 だからこの思い込みってやつを利用して考え方を変えてやればいい。


 あの頭の悪そうなクソガキは祠に何かアクションしたからとんでもない事になったみたいなどう考えていたようだったから、その元凶を自分の手でぶち壊させた。


 素手でやれと言ったのは単なる気分だ。


 ああいう頭の悪そうなやつは、少し体を動かしてストレスを発散した方がいいんだ。


 健全な精神は健全な肉体に宿るっていうしな。


 と、そうこうしているうちクソガキからペイペイで送金されてきた。


 適当にべしゃってやるだけで1万、また1万と稼げるんだからレーノーシャ? ってのはいい商売だよな、ギャハハ!! 


 …………ああ、虚しい。


 ガキを騙して金を稼いで、俺は一体何をしてるんだろう。


 ぴるるん、俺の可愛いインコちゃんが死んでからもう何年になる? 


 そろそろ立ち直れとぴるるんもそう考えているだろうな。


 俺は親も居なければ友達もいねえ、恋人はもちろんいねえし、俺にはお前しかいなかったんだよ。


 そんなお前が死んじまって、俺もとっととこんな糞人生からおさらばしたいけどよ。


 自殺なんてしちまったら来世お前と逢えなくなっちまうかもしれないじゃないか。


 自殺したやつは地獄行きみたいな事かいてある記事が山ほどあるし。


 ああでもぴるるん、天国とか地獄とか来世とか、そんなもんはないんだろうなっていうのは分かってるんだよ。


 分かっているのに在って欲しいと思っちまってるんだ。


 だから最近こんな風に思ってる。


 どうか誰でもいいから、証拠をくれってな。


 天国とか地獄とか、来世とか、幽霊とか! 


 そういうモノが存在する証拠が欲しいんだ。


 証拠があれば信じられる。


 だから俺はこうして心霊相談に乗ってるふりをしてよ、本物を探してるんだよ。


 真面目に働いた方がいいんだろうかと思う事もある。


 絶対そのほうがいいに決まってるけどよ、それは本物が見つかった時にしようかって思ってるんだ……。


 まあ、その前に詐欺で逮捕される方が先かもしれないけどな。


 はあ、虚しい。


 しんどい……デパス飲んで寝よう。


 おやすみ、ぴるるん。


 ・

 ・

 ・


 ◆◆◆


 家というものがある。


 家はそこに住むものを護るもの、安息を与えるものであると同時に、その土地に縛り付けるものでもある。


 人は勿論、神でさえも。


 ・

 ・


 〇県のその山は、かつて神格化された鳥の神が祀られていた場所である。


 白く大きな鳥の姿を持つその神は、山に豊かな実りをもたらしてきた。


 だが時が流れるにつれて人々はこの神を忘れ去っていった。


 信仰とは神を成り立たせる要素であり、信仰が消えた時点で神はその役目を終える。


 信仰がないまま神としてあり続けることは自身の存在を少しずつ削っていく様なもので、神にとっては絶え間ない苦痛でしかない。


 しかし祠の存在がその神を縛り付けてしまっていた。


 、神が自由になる事はできない。


 神の役目を降りる事はできない。


 だが幸いにもその祠も朽ち果て、もはや形を留めることなく、消え去る寸前まで風化していた。


 神はこの祠が完全に風化するのを待っていたのだ。


 祠が消えれば、神としての役割も終わったものとみなされ、ようやく自由になれる。


 だが神にとっての救済が訪れようとしていた矢先、井森が山中で祠を見つけ、何気なく祈りを捧げてしまった。


 それが神にとって再びの束縛となった。


 祠が風化し、その存在が忘れ去られ、役目が終わるその時まで耐え忍んできたというのに──井森の行為が再び神に神としての役割を与えてしまったのだ。


「こんなもんしかなくて悪ぃけどよ、お供えしとくよ。その代わり何かご利益をくれよな」


 井森が投げかけたこの軽い言葉が、神にとっては新たな鎖となった。


 だからこそ、井森を祟ったのだ。


 しかしもはやその鎖も断ち切られた……というか、破壊された。


 祠をただ破壊するだけではない、祠という存在に対しての恨みつらみ、への拒絶──そういった念をこれでもかと言うほど叩きつけられ、祠と神は否定された。


 だから、もう自由なのだ。


 まつろわぬ古き神は、本来の姿となって大空を舞う事が出来る様になった。


 井森仗助が祠をぶっ壊したおかげで。


(了)

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