第5話 御伽組コラボ①

 前世のことを清算する、とは言ったものの。

 DMに気がついたのは登校前だったから、どう反応するべきか、返信するにしてもどんな文面にするのかを考える時間も無くて、そのまま学校へ向かうしか無く……それからうだうだと悩んでいる内に、気付けば一週間が経ってしまった。


「ど、どうすれば……どうすれば良いの……?」

 

 金曜日の夜。風呂上がりでまだ湿った感覚の残る髪をそのままに、ベッドにうつ伏せに倒れ込んで枕に顔を埋めながら弱音を吐いた。


 ……普通ならあり得ない筈の二度目の人生。記憶を思い出したあの日、出来ることなら、咲希や母さんと父さんともう一度だけでも話がしたいと考えはした。もう血は繋がっていないけど、心を許せる肉親なんてあの三人しか居ないから。

 でも文字通りどの面下げて会いに行くんだって話で、流石に無理だと割り切ろうとしていた――所に今回のDMが飛び込んできて否が応でも咲希とは話をしないといけなくなったんだけど。


 そもそも、葡萄乃樹が俺だと知ってる人は居ないと思ってたから、こうして私でも活動を続けられると考えていた訳で。

 誰かが……特に咲希が知ってると分かっていれば、こんな軽率に活動再開なんて選択は選ばなかった。


 だけどもうこれは後の祭り。今更返信するにも文章でどう弁明すれば良いんだって話だし、無視してこのまま活動を続けるなんてのは以ての外だ。


 ……もしかしたら何か気づいてくれるかも、なんて淡い気持ちで、かぐやさんのファンアートとか俺が死んだ後に出た作品のイラストを描いて投稿したりと女々しいアピールもしてみたけど……そもそも見ているのかすら分からないし。

 唯一確かなのは、咲希の私に対する第一印象は最悪だろうということだけ。俺だって、もし咲希が死んでしまった後に咲希を騙る男が出てきたら愚弄してるだろと絶対にキレる。


 そんな状態で、私が俺、紫宮樹季の生まれ変わりだと伝えようにも証明できる手立てはゼロ。……それどころか、気が狂ってるか最悪な言い訳をしてると受け取られる気しかしない。

 はっきり言って、詰んでいる。


 

「……本当に、どうしたら……」


 寝返りを打って仰向けになり、右腕を目元に乗せて消え入りそうな声で呟いた、その時。

 ピコン、と傍らに放り投げていたスマホから通知音が鳴ったので、沼に嵌りかけていた思考を無理やり中断してスマホの画面を確認してみると、アプリ版のThiscordにかぐやさんから連絡が届いていた。


 実は、数日前に『いつまでもDMでやり取りするのも不便なので、これからはこっちを使いませんか?』と言われてからはThiscordでちょくちょく連絡を取るようになっている。


 そう言えば今日は金曜日だし、もしかしたら明日か明後日にあの日言っていたコラボ配信をするつもりなのかな、と思いながらロックを解除してアプリを開くと。


「――え?」


 当たらずとも遠からず、と言うべきか。確かに明後日に予定している配信に出て欲しい、という旨は書かれていたのだけど。

 重要なのはそこではなく、その配信の詳細。


「『御伽組の定期配信に、ゲスト枠で参加してくれませんか』……?」


 ――『御伽組おとぎぐみ』というのは、三期生の四人を纏めて表した名称だ。

 記念配信前にかぐやさんについて色々調べていた時に知った話によると、全員がそれぞれ何かしらの御伽噺をモチーフにしたライバーであることからファンの間でそう呼ばれ始め、そのままそれが定着したのだとか。


 そして、彼女達は月に一度持ち回りで枠を立てて、雑談、ゲーム対戦、持ち寄りの企画と様々な内容でのコラボ配信を行っているようで、これがファンの間でも人気のコンテンツらしい。


 かぐやさんから来たメッセージによれば今回は彼女が当番で、元々予定していた企画に私の存在がはまり役だったから、ゲストとして招きたいとのこと。


 その企画とは、題して『お悩み相談会』。御伽組の各人とそれぞれのリスナーから募ったお悩みに真剣に答えたり、バッサリ切り捨てたりするという内容で、私の役割は『相談役』らしい。

 意図は伝わるけど本来の用途とは違うような……なんて細かい話は置いておいて。


「どっちかと言えば私の方が相談に乗って欲しい状況なんだけどなぁ……!」


 内容が内容だけに誰にも相談できないことなのは重々承知だけどさ……今の私に、他人の相談なんて乗れるかな。

 ……いやまぁ、折角誘ってもらったし、もしかしたら色々な悩みを聞いている内に打開策が思い浮かぶかもしれないし……

 今回のコラボ配信、参加させてもらおうかな。


「えーっと……『承知しました。微力ながら力になれるよう尽力します。開始時間は何時頃となる予定でしょうか』……っと」


 ……改めて思い返すと、かぐやさん以外の三人も中々にキャラが濃い人達ばかりだった気がするんだけど。

 大丈夫かな。私、ちゃんと役割を全うできるか今更不安になってきた。



 ◇ ◇ ◇



『――ってな訳で! 今月もやってまいりました、御伽組月イチ定期コラボ配信! 司会は毎度恒例、阿久良あくら童子どうじと!』

『今回当番、姫竹かぐやで進めてまいります』


▶[きたー!]

 [待ってた]

 [楽しみにしてた]

 [生きがい]



 日を跨いで日曜日。午前中から始まった配信を前回の記念配信と同じように視聴しながら、前回よりはマシな心臓の鼓動を抑えつけていた。

 コラボのため御伽組のトークグループに招待された私は、現在ミュート状態でグループ通話に参加している。合図があったら解除して会話に参加するという流れだ。


 そして、今かぐやさんと司会を務めているのは、阿久良童子というライバー。

 銀白の髪が良く映える襷掛けした茜色の袴を身に纏い、髪色と同じ白狐の尻尾と額から生えた一対の角、唇からチラリと覗く八重歯に、腰に佩いた金棒と反対側に括った瓢箪が特徴的な関西弁の少女だ。


 モチーフは桃太郎の鬼。鬼ヶ島を根城とする鬼の棟梁だったが、島を滅ぼされて流浪の旅を続ける内に時代が流れ、今は鬼ヶ島を再興する為の手下を集めるためにライバーになった……と公式サイトの紹介文に書かれていた。


『それと、いつもの二人やな。そいじゃ、オトヒメの方から自己紹介頼むわ』


 阿久良さんがそう言うと、司会の二人を除いたもう二人の内の一人――白縹色の髪を飛仙髻に結い、珊瑚や真珠が描かれた天色の着物に薄紅藤色の帯を巻き、淡藤色の被帛を身に纏っているタレ目で高身長な女の人……

 浦島太郎の乙姫がモチーフのライバー、綿摘わたつみオトヒメさんが口を開いた。


『分かりました〜。皆様、こんにちわ〜、御伽組のお姉さん担当、綿摘オトヒメですよ〜』

『お姉さん担当ってなんやねん……今まで一度も言うたこと無いやろ』

『どうやら最近、ママみの強い方が新しく現れたそうでしてね〜? 少々キャラが被っているので、ここは立場を明確にしておこうかと〜』

『ママみ……まぁ分からんことも無いけどな……っと、スマン途中やったな。夕莉ゆうり、いけるか?』

『おう! 御伽組の『姐』担当、姉羽鶴あねはづる夕莉ゆうりだ! 今日は頼り甲斐のある姐御として、お前らの相談にビシバシ応えてやるからな!』

『なに張り合ってんねん……』


 そう呼ばれて返事したのは、袖部分に切り込みが入って翼のようになっている薄い鉛丹色の着物を着た、赤みがかった黒髪と真紅の瞳が特徴的な小柄な少女。

 勝気な印象を受ける彼女の名前は、姉羽鶴あねはづる夕莉ゆうり。鶴の恩返しがモチーフのライバーだ。


 ファンの間では元ヤン疑惑が囁かれているらしく、配信内で度々ヤンキーあるあるを口にしたり、ゲーム配信などで味方キャラが裏切った時は、そのキャラに『恩返し(意味深)』することを目標に掲げたりと、エピソードには枚挙にいとまがないらしい。非公式ファンサイトに載っていた。

 しかし、そんな印象に反して何時何時いつなんどきもライバーとしての設定を崩さなかったりと、AsterLiveの中でも真面目枠のライバーとして名を馳せているのだとか。


 ……失礼だけど、彼女で真面目枠ということは、真面目じゃない枠はどんな魔境なんだろうか。気にはなるけど知るのも怖い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る