第4話 母娘コラボ②
『なんかオチっぽくなっちゃいましたけど……続きまして!』
▶[締めっぽくと湿っぽくのダブルミーニング……]
[ダジャレか?]
[正直……微妙?]
『言い直したのに触れないでくださいよ!』
「っふふ……」
『一時は亡くなってしまったかと――』、なんて大正解なこと言われて内心バックバクだったのをなんとか取り繕って受け流したけど、彼女とリスナーのプロレス芸を眺めていると気が抜けて落ち着いてきた。仲が良いというか、気が置けない仲なんだろうな。
『葡萄ママまで……!』
「あはは、ごめんなさい。掛け合いが面白くて、つい」
『そ、それなら良いんですけど……』
少し恥ずかしそうにしながら斜め下に目線を逸らすかぐやさん。
……自分が描いた絵のはずなのに、こうして彼女に呼応して動いているのを見ると全然イメージが違って……生命感を感じるからかは分からないけど、凄く可愛く感じる。ファンの人達もこんな気持ちなのかな。
『んん゙っ、それじゃあ、次の質問に行きますね。他の方には『Asterliveに入って良かったこと』を聞いていたんですけど……葡萄ママには『イラストレーターとして活動してきて良かったこと』を聞きたいです』
「活動してきて良かったこと……ですか」
私にその質問は適さないだろうとは思ってたけど、こう来るとは。
改めて言われると、配信映えしそうなエピソードなんてすぐには思いつかない……いや、さっきの答えも途中で流れたけど別に面白味は無かったし、今更ではあるんだけどさ。
……まぁでも、これは正直に答えれば大丈夫かな。
「そうですね……一つは、やっぱりこうして貴方のママになれたことでしょうか」
『えへへ……ありがとうございます、私もそう言ってもらえると嬉しいです』
▶[てぇてぇ]
[まぁそうよな]
[照れてるの可愛い]
無難、というか気を使ってるみたいな返答だとは自分でも思う。勿論そういった面も無い訳では無いけど、これは間違いなく俺の……そして私の本心だ。
「就職して殆ど絵を描くことが無くなった頃に依頼をいただいて……久しぶりに好きなことが出来て息抜きにもなったんです。それに、貴方からの慰労の言葉が、心身ともに疲れ果てていた頃の励みになりました」
「……私は、少し前まで生きることに目的も持てず、趣味も無くて……ただ、お世話になっている人に迷惑をかけることは無いようにと日々を過ごすだけでした。でも、今こうして自分が生み出した子が貴方に命を吹き込まれて沢山の人々に愛されているのが見れて……救われたような気になれたんです。こんな機会が巡ってくるなんて思っていなかったから」
「――ですから、本当にありがとうございます。こんな私でも誰かのためになれるんだと気づかせてくれて。……私を、貴方のママにさせてくれて」
『……っ』
「……すみません、長々と自分語りを――」
『ゔっゔぅ……ママぁ……!』
「えっ、なっ何で泣いて……!?」
▶[ママ……!!]
[母性が爆発してる……]
[ママぁ!!]
[俺、久しぶりに母さんに電話するよ……]
語りすぎて流石に迷惑だったかな、といつの間にか俯いていた顔を上げると、物凄い勢いで流れていくコメント欄と嗚咽を漏らしたような声がそれぞれ目と耳に飛び込んできた。
殆ど無意識に口を衝いて出ていた言葉の中に何か気に障るようなことがあったのかと慌てて聞いてみても、彼女もコメント欄も同じように『ママ……ママ……!』と繰り返すだけで要領を得ず。
先程コメント欄を落ち着かせてくれた彼女を真似して優しめに意識した声でコメント欄を宥めようとしたけど、逆効果だったのか勢いは衰えるどころか増してしまい。
結局、あたふたとうろめいている内に復活していた彼女によって場は取り成された。私は無力だ……
『こ、こほん……すみません、取り乱してしまって……あっ、私も、私も! 葡萄ママの娘で良かったと思ってますよ! この二年間は駄目でしたけど、これからは定期的にコラボもしましょうね! 私、絵には少し自信があるので、一緒にお絵かき配信とかもしてみたいです!』
「定期的に……ぜ、善処します……」
社交辞令を言うような人でもないし、多分本当に呼ばれるんだろうと思う。勿論嫌じゃなくて嬉しさしか無いけど……配信にお邪魔するなんて今回限りだと思ってたから、意表を突かれて少し驚いた。
でも、お絵かき配信か。例のネッ友が布教してきたライバーも絵が得意と言っていたし、やっぱり多才な人が多いのかな。
▶[自信がある……?]
[画伯なんだよなぁ……]
[どっから湧いてくるんだその自信]
[同期の
[葡萄ママ、頑張って……]
……どうやら、そうでもないらしい。一緒に絵を描くのは私には少し荷が重すぎるかもしれない。
▽
それからも同じように幾つか質問に答えたり、雑談したりして過ごすこと十数分。
『――あれっ、もうこんな時間!?』
「えっ……あー、もうそろそろ12時ですね」
会話に一区切りついた所に突然大きくなった声が聞こえて少しビクッとしつつ、ディスプレイ端に映る時計を見るに、日付が変わるまでは後数分といった所。
配信開始が大体午後8時半、そして私の番になったのが開始から3時間経った頃だから……もう30分近く話してたのか。体感だとあっという間だったな。
内容は楽しかったから眠気は全然無いんだけど……私はこんなに夜更かししたのは初めてだから、明日寝坊しないかだけ少し不安だ。
『えーと……葡萄ママも
▶[マジか]
[えっ終わり!?]
[そっかもう24時か]
[お疲れ様〜]
[楽しかったな]
「えっ、そんな急に終わっちゃっても大丈夫なんですか?」
『……あ、あはは、良くはないとは思ってるんですけどね……』
▶[まぁいつもの事というか]
[いつもこうなの!?]
[大体普段の配信と同じようにヌルっと終わるよな]
[というか毎回時間押してギリギリで締めに入ってる]
[どちらかと言えばちょっと前のアレの方が良い締めだった気が……]
『それは私もちょっと思……コホン――ではでは、また
▶[よきよる〜]
[草]
[乙]
[思ってたのかw]
[よきよる]
[あっという間だったなー……]
[よきよる!]
カチリとクリック音が鳴ると、配信画面が両側から襖で閉ざされてパンアップし、揺れる竹林の上端とその奥に広がる天の川、朧月が映るエンディング画面へと切り変わりエンディング曲が流れ始める。
それから何度かクリック音が鳴った後、Thiscordの通話だけから、かぐやさんの声が聞こえてきた。
『よし、っと……すみません、こんな時間まで付き合わせてしまって……』
「いえいえそんな、俺も楽しかったですから。気にしないでください」
『でも……葡萄ママも忙しい中来てくださったのに、こんなに長い時間……』
本来の予定よりも長くなってしまったのを気にしてか、申し訳なさそうな声色でそう謝ってくる。
……まぁ確かに、事前にマネージャーさんから伝えられていた内容だと大体10分ほど話したらエンディングに行く予定だったから、気がついたら思ってたよりも時間が経っていて驚いた。
でも、今の私は前世と違って時間に余裕が無い訳では無いし、そこまで気に病まれても逆に申し訳ないというか……
それに、私は余り時間が取れないと思われたままだったら、何か連絡が必要な時だとか、さっき言っていたコラボなんかも結局遠慮してしまうかもしれないし……ここは、少し誤魔化してでも気にしなくて良いと伝えたほうが良いかな。
「あの、ですね……実は最近転職して、以前ほど忙しくなくなったんです」
『えっ、そうだったんですか!?』
「はい、なので今日も本当に大丈夫でしたし、これからも平日の夜とか土日ならいつでも時間取れますから、何かあれば気負わず連絡下さっても問題ありませんからね ……あっいや、必要無ければ全然気にしなくて大丈――」
『ほんとですか!? 良かった、私、もっと沢山話したいことがあったんですけど、迷惑なんじゃないかなって思ってて。それなら――あっやばやば』
いつの間にか二ループ目に入っていたエンディング曲を慌てて止めて配信を終了し、一つ息を吐いてから小さく笑って続けた。
『あはは……とは言え今日はもう遅いですし、また今度……これから、よろしくお願いします。葡萄ママ』
「っはい、こちらこそ!」
そう返してから数瞬経った後、独特の電子音が鳴って通話が切断された。
「……ふぅー……つ、疲れた……」
終わったと認識した途端に緊張が解けて疲労感に身を包まれ、身体から力が抜けてデスクチェアにだらんと身を預ける。嫌だった訳では無いけど、普段誰かと話すことなんて無いから余計に気疲れしてしまった。話してる時は楽しかったんだけどね……
「……そろそろ寝ようかな」
明日から学校もあるし、流石にこれ以上夜更かしするのは怖い。
何度か危うく眠りそうになりながらも気力を振り絞って立ち上がり、自室のベッドまで移動してうつ伏せに倒れ伏すと、そのまま吸い込まれるように意識が途切れた。
……そして翌朝、昨日の配信にどんな反響があったのかなと恐る恐るSNSを開いて調べてみると、『おもしれー女』とか『アステライブ6.5期生』とか『娘が娘なら母も母』と散々な言われようだった。
文句は言いたいけど概ね好意的に受け取られていたみたいだし……これなら良かったな、と一先ず胸を撫で下ろして。
ふと開いたDM画面の一番上に表示されていたアカウント名に、身が凍りつくような感覚を覚えた。
「――これっ、て……」
そこに表記されている名前は、『紫宮 咲希』。
忘れる訳が無い。見間違う筈も無い。このアカウント名は、俺の妹の名前と同じだ。
本人である確証は無いけれど、咲希の名前で送ってきたのには何かしら意図がある筈。
昨日の今日だ。絶対にいい内容じゃ無いだろうと思いつつ、何度か深呼吸をしてから……そのDMを、開いた。
『――偽物』
『許さない』
『私の兄の努力と人生を横から掠め取って』
『これ見よがしにあんな配信に出て』
『絶対に許さない』
『お墓の前で謝らせる』
『逃さないから』
「…………スゥ……」
ていうか、やっぱり咲希本人だったのか。俺がイラストレーターとして活動してること、咲希には伝えたこと無かった筈なんだけどな……
「咲希と仲直り……できるか、これ…?」
近い内に前世の事も精算しないといけないな、と。
恐怖でガタガタ身体が震える中、すぐにでも砕けそうなメンタルでそう決意した。
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