第3話 母娘コラボ①

 あの後、緊張で乾いた喉を潤そうと少し席を外している間に滅茶苦茶長文の返信が返ってきていたのに気づいた時は口から飛び出るかと思うほど心臓が跳ねた。いくら何でも早すぎるって。

 どんな罵詈雑言が書かれているのかと怯えながら読んでみたけど、その内容は俺の事情を案ずる言葉や出演依頼を受諾したことへの感謝など、全体的に好意的なものだった。やんぬるかな、私の心は尚更痛んだ。


 それから記念配信当日までの数日間は、予習も兼ねて今まで見れなかった配信のアーカイブを見てみたり、中でも特に面白かったシーンをイメージして描いたイラストを活動再開の報告と一緒に投稿したり――それに気づいたネッ友からの鬼メールをなんとか受け流したりと良くも悪くも充実した日々を送っていた。


 


 そんな中送られてきた当日のタイムスケジュールによると、どうやら耐久配信では『凸待ち』をするらしい。

 他の配信者界隈でもやっていることだからこの場合はVTuberにとっての話になるけど、凸待ちというのは基本的に同じ箱のVTuberから通話がかかってくるのを待ちつつ、通話をかけてきたVTuberと色々雑談をするといった企画だ。


 今回の予定でも多少前後するのは想定内とは言え前もってある程度の順番は決まっているようで、そのトップバッターから続いて三人は彼女の同期、そして後に先輩や後輩と続くらしいんだけど……


 何故か私が、最後――トリを務めることになっていた。


 しかも『サプライズゲストが最後に登場!』なんて告知も既に行っているせいで、SNSのリプ欄では誰が出るのかと大騒ぎ。

 他社のVTuberじゃないかとか、リアルのYouTuberだとか、ここは大穴のリアル母親だとかいう冗談交じりの推理まであるようだけど、一番多かったのは『ママ』とのコラボだろという声。


 前にも少し触れたけど、『ママ』というのはVTuberのモデルを描いたイラストレーターを指す言葉。つまり姫竹かぐやにとっては俺のことを指している。

 どうやら彼女の同期達も過去の記念配信など何らかの機会でそれぞれの『ママ』とコラボをしているらしく、その時も今回のようにサプライズゲストと告知していたらしい。そりゃ分かるわ。




「……ふぅ……」


 パソコンのディスプレイを前に、大きさが合わず少しズレがちなヘッドホンの位置を探り探り調節しながら、何度目かもわからない深呼吸をして緊張を押さえつける。

 唯でさえ『私』は他人と話すのが苦手なのに、それが誰かもわからない不特定多数が見ている中でのものだから、というのも勿論あるんだけど。


 ……実は、私の存在って、現状彼女にとってもサプライズなんだよね。

 本当は何かしらで私……『葡萄乃樹』が女だと伝えようとしてたんだけど、文章で伝えても向こうは真偽が分からないから変人だと思われるだけかもしれないと諦めて。


 だからといって実際に声を聞かせて信じてもらおうと思っても、俺の仕事の忙しさを案じてくれてかは分からないけど、打ち合わせはDMだけで事前に音声通話でやり取りする機会が無かったから結局無理で。

 どうしようと悩んでいる内に今日を迎えてしまった。


「……あと、もう少しか」


 現在配信は開始から早3時間が経過した所。配信開始前に登録者数が30万人に到達していまい、耐久凸待ちが記念凸待ちに移行するという『らしい』ハプニングを挟みつつ、何人ものライバーとの笑いあり涙ありのドタバタした数々の山場があったのだけど……それも今の人が帰ったら終わってしまう。


『んじゃあね、また今度一緒にカプへクリア耐久配信やろうね〜』

『二度とやんないよ絶っ対に!! じゃあねっ!』


 ……そうこう言っていたら、もう最後の一人との通話も終わってしまった。彼女のマネージャーさんからは前の人との通話が終わったら出来る限り時間を置かずに行って欲しいと言われているんだけど……心臓の鼓動が五月蝿い。これまでにないほど緊張している自覚がある。


 チラッと配信のチャット欄を見てみると、先程の雑談の感想と、次のゲスト……つまり私についてのコメントが多くあった。……当然、全部が全部好意的なものとは限らない。

 そういうものを目の当たりにすると憂鬱な気持ちが増していくけど、かといって今から逃げ出すわけにもいかないし……


「ええい、ままよ!」


 チャット欄が次はまだかと騒つき始めたのを見て、配信者が良く使う『Thiscord』というトークソフトから先日フレンド登録した姫竹かぐやのアカウントを選び、意を決して通話ボタンをクリックした。

 その直後、私のパソコンと配信からほぼ同時に着信音が鳴り響く。もう後戻りは出来ない、と何か変なテンションで覚悟を決めてから――思い出した。私は、人生で一度たりとも家族以外の誰かと通話なんてしたことが無いということを。


「(――っヤバいヤバいヤバい!どうしようこういうのって何を話せば良いの!?て、天気とか?っていやいま夜だし通話だし!)」


『あっ、掛かってきた! ということで、最後のゲストは、葡萄乃樹ママでーっす!!』

▶[おっ]

 [これで最後か〜]

 [ママま!?]

 [ついにかぐや姫もママとコラボか!]



「……っ」


『……あれ?』

▶[ん?]

 [ミュートなってる?]

 [音が……]

 [声入ってない?]


『えーと、もしもーし?』


「あっえっと……き、聞こえてますか……?」


 迷いに迷った挙げ句、コミュ障のテンプレみたいな発言になってしまった。というか私は紛れもなくコミュ障だからその通りなんだけど。

 ……今からでも入れる保険って無いですかね……?


『――え』

▶[えっ声かわい]

 [誰!?]

 [えっ葡萄さんって女の人だったの!?]

 [ママが女性、だと……?]


『えっいや、え、え……ご、ごめんなさい、今までずっと男の人だと思ってましたっ!』

「いえいえそんなことっ! 元はと言えばあの頃俺がちゃんと伝えてなかったのが――」

『――俺?』


「あっ」

▶[今俺って言った?]

 [まさかのオレっ娘!?]

 [ガタッ]

 [この声と一人称のギャップやば]

 [頭アステライブすぎる]

 [新ライバーかよクセ強すぎ]


 ……や、やらかしたーー!!



 ▽



 

『え、えーっと……改めて! 最後のゲストは、私のママ! 葡萄乃樹先生です!』

「ど、どうも、イラストレーターの葡萄乃樹と申します……」


▶[あからさまにギクシャクしてて草]

 [締めに入ったラーメン屋が二郎系だった気分……]

 [同期&先輩ライバー全員と一瞬で打ち解けたコミュ強のかぐや姫でも持て余すキャラの濃さよ]

 


「うぐっ……」


 一気に加速したコメント欄をなんとか落ち着かせてくれた後、気を取り直して紹介からやり直してくれた彼女だったけど……まぁそれでさっきのやらかしが無かったことになるはずも無く。

 一度『俺』と言ってしまった以上、今から『私』に軌道修正するのも無理な話。斯くして、私もといイラストレーター『葡萄乃樹』はコミュ障なオレっ娘だということがデジタルタトゥーとして永遠に残り続けることとなったのだった。バカだよホントに……



『えっと、一応なんですが……ボイスチェンジャーとかを使ってる、って訳でも無いんですよね?』

「っそう、です。これが俺の地声で……性別も一応女ですね」


▶[ボイチェンらしい違和感もないしマジで女性なんだろうな]

 [snsだと男っぽいイメージあったけどやっぱ現実とは違うんか]

 [焼鳥ママも似たような感じだったような]

 [イラストレーターの人達って変わった人が多いの?]

 [まぁアステライブ関係だし……]

 [ていうか一応って何……?]


 ……ってかそうだ、そもそも初めからボイチェン使って男声にしてれば良かったじゃんか。

 どうせ葡萄乃樹として声を出す機会なんて今回だけだし態々地声で出なくても、というか一度だけだからこそボイチェンで誤魔化しても乗り切れたかもしれないのに。

 なんでこんな簡単なこと思いつかなかっ……




 ――いや、違う。

 さっき聞いた後に『俺』の記憶を漁って思い出したから、何故かど忘れしていたように感じただけで……そもそも私はボイチェンなんて物全く知らなかった。


 多分……あの時思い出せた記憶はエピソード記憶とかが殆どで、今回のボイチェンとか転生した時期の違和感にすぐ気付けなかったみたいに、意味記憶に関しては何かの切っ掛けがないと思い出せない……のかもしれない。


 とは言え自分じゃ何を忘れてるのか、というか何を知っていたのかも分からないし、何より今は記念配信にお邪魔している真っ最中。

 私事情について考えるのは後にして、今はこれ以上失言しないことだけ念頭に置いてなんとか乗り切ろう。



『――じゃあ、登録者数30万人突破記念ということで! 来てくださった方々に色々と質問をしているんですが……まずですね、私の第一印象、みたいなの聞いてもいいですか?』

「えーっとですね……」

 

 彼女が聞いてきたのは、配信画面にも書かれているトークデッキの一つ。これまでのゲストとも話していた話題だし、私も振られるだろうなと思って配信を見ながら答える内容を考えていた。


「まず……他の方も言われてましたが、真面目な方なんだなぁ、と」


▶[草]

 [大体全員から言われてるの草]

 [また言われてる]

 

『んぐ……べ、別に私はそこまで真面目って感じでも無いと思うんですけど……』


「あと、とても優しい人なんだな、と。依頼を貰った頃も、本職で忙しかった俺の身を気遣う連絡を何度もくださったり……そうだ、イメージを合わせるためにってオーディション時の動画を送ってくださったこともありましたよね」


『あー、そんなこともありましたねぇ……あの頃はまだネットリテラシーに疎くて特に何も考えずに送って、後からマネさんに個人情報の扱いがーって怒られたんですよね……』


「えっ、あれ許可取って無かったんですか!?」


▶[オーディション動画はヤバいんじゃ!?]

 [かぐや姫、時々とんでもないポンやらかすんだよな]

 [気遣いの連絡してるのは解釈一致]

 [マネさんいつもご苦労様です]


『あはは、でも私、人を見る目はあるので! 葡萄ママなら大丈夫だと思ったんです。現に大丈夫だったでしょ?』


「そういう事でも無いのでは……?」


▶[草]

 [確かにキャラの濃さに反して常識人だったけども]

 [なんかかぐや姫、いつもよりはしゃいでる?]


『そりゃはしゃぎもしますよ! ここだけの話ですけど、葡萄ママ、デビューからの二年間まっったく連絡くれなかったんですよ!? それが一週間前に突然連絡くれて……それまで何度か送っていたコラボ依頼を受けてくださって今に至るので、まぁ良いんですけど』


「あ、あはは……その節は本当にすみません……」


▶[二年間全くって、そんな忙しかったのか]

 [snsの投稿も大体5年前から低頻度になってて、2年前からは完全に止まってたっぽい]

 [さっき言ってた本業云々ってやつが原因なんかな]

 [あと最近新しく投稿されてたイラストがマジで良いから皆見て欲しい]



 事前の打ち合わせで何処まで話題にしていいか聞かれた時に罪悪感から全部言っちゃっていいですと答えてしまって、こういうことを言われると覚悟はしてたけど……やっぱり面と向かって言われると結構心にくる……


『一時は亡くなってしまったかと心配してたんですけど……こうしてお話できて、本当に嬉しいです』


「っ……勿論、俺もです。……改めて、姫竹かぐやさん、コラボのお誘い本当にありがとうございました」


▶[てぇてぇ]

 [良いコラボやった……]

 [最高の記念配信だった]

 [乙]

 [乙]






『……いやなんか締めっぽくなってますけどまだ終わりませんからね!?』


▶[草]

 [草]

 [草]

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