第1話 『姫竹かぐや』


「――趣味……趣味と言えば」


 色々と考えている内に、ふと、社畜時代に来た依頼でとあるVTuber事務所――『AsterLiveアステライブ』から新しくデビューする新人ライバーのモデルを描いたことを思い出した。


 彼女のライバー名は『姫竹かぐや』。名前の通り竹取物語のかぐや姫がモチーフの少女で、兎のヘアピンで飾った黒色の長髪と琥珀色の瞳、淡く光る竹と朧月を図形化した模様を随所に施した紫色の着物が特徴的な、同事務所の三期生としてデビューした子だ。


 仕事が忙しかったから配信を見ていた訳では無かったけど、切り抜き動画とかネッ友からの布教とかでAsterLiveの存在自体は知ってたし、これも一つの縁だと……そしてネッ友との話題にもなるかなと思って引き受けた。丁度繁忙期から外れてて有給取れる目処も付いてたし。

 ――まぁ結局、その矢先に突然新プロジェクトが始動するとかなんとかで休日返上の地獄のデスマーチが始まったんだけど。


 一度引き受けた手前反故にする訳にもいかず、残業を一区切り付けた後は家に帰る時間も惜しんで持ち込んだ液タブとスマホで少しづつ描き進めていって。

 コンセプトとイメージ図に合わせた一枚絵を何案か描いて一番近いのを選んでもらい、それを元に何度かやり取りを重ねてデザインを固め、最後に各パーツに分けてモデルを描いて……全部で大体三週間くらいか。

 依頼が完了するまでずっと会社に留まって一時間前後の仮眠以外は仕事か依頼を進めてたから、あの期間中のことは記憶が曖昧で上手く思い出せない。今振り返っても我ながら三週間ほぼ徹夜は良くやったなと思う。


 それでも結局、納品出来たのが繁忙期に入るギリギリの頃だったせいで初配信も含め彼女の活躍を見ることは一度も出来ず……そのまま死んでしまった。



 

「私は今年で17歳……大分時間は経ってるけど、あれからどうなったのかだけでも知って――あれ?」


 最期の方は時間感覚も曖昧だったとは言え、流石に当時の西暦くらいは覚えてるし、その記憶と私の記憶を擦り合わせてみて今更気がついた。何で今まで気づかなかったのか自分でも疑問に思うほど大きな違和感に。



 ――どうやら、まだ俺が死んでから二年程度しか経っていないみたいだ。


 いや、『みたいだ』じゃないんだけどさ。

 唯でさえ転生なんて可怪しなことが起きてるのに時間軸すら合ってないとなると、さっき言った憑依転生のが近いような気も――だとしたら何で私の幼い頃から俺の記憶の残滓みたいなのがあるんだって話になるんだけど。


 ……深く考えるのはやめておこう。どうせ分かりゃしないだろうし、仮に分かったとしてSAN値チェックが入りそうだ。




「と言っても……二年、二年か。それでも結構長いんだよね、VTuber業界からしたら」


 こういうエンタメ系は流行り廃りが激しいし、二年も経てば『結果』は数字として如実に現れてくる。登録者数然り、俗なことを言えば投げ銭スパチャやグッズの売り上げ然り。

 しかも同じ箱内に限らず業界全体でも次々新人がデビューしていくから、出来るだけ早く多くのファンの心を掴むことが出来ないと埋もれてしまいかねない。

 個人勢と違って企業勢なら運営がテコ入れすることも多いけど……それも過ぎればファンからの不満や反発を生むし、何より本人自身の精神に悪影響が出る可能性もあるから滅多なことがなければそこまではしないだろう。

 


 ……話が逸れたけど、結局何が言いたいのかというと。

 ただ、不安なんだ。彼女のモデルを描いた絵師という、VTuber界隈で言う所の『ママ』として、彼女が充分に自らの実力を発揮できているのかが。

 徹夜だったとは言えその時の最善を尽くして描いた上、納得いくまで期限が許す限り修正を重ねていたから悪い出来では無かったし、それどころかそれまで描いた物の中でも最良に近い出来だったとは自負している。

 ただそれでも、端から見た評価というものは自分では分からない物で。

 

 短い期間ではあるけれどSNSで重ねたやり取りと、『描く時のイメージを固める助けになれば!』と彼女から送られてきたオーディション時の自己PR動画から、彼女自身は気遣いも出来るしトークスキル含めコミュニケーション能力も高いしと他のVTuberにも引けを取らない素質と才能を持っていると感じた。

 ……現にオーディション含め色々と通過して採用されているんだから、それも当然ではあるんだけれど。


 だったら残る懸念点はモデルだけ。当然声も重要な要素ではあるけれど、人は視覚からの情報が八割を占めるという話もあるし、それが二次元なら尚更。

 どんなジャンルに於いても、何かしらキャラクターを知る切っ掛けになるのはキャラデザみたいな外見的要素が一番大きいと思う。切り抜き動画とかもあるし一概には言えないけど、VTuberでもそれは例外ではない筈だ。 


 だから、もし彼女の人気が振るわなかったのなら、その責任の一端は俺にもあるんじゃないかと。

 そう、考えて。



 

「――あっこれ俺程度が心配するのも烏滸がましいやつだ」


 彼女のチャンネルを実際に見て、一瞬で考えを改めた。

 なんせチャンネルの登録者数は驚きの29万人。彼女の同期を除く同時期にデビューした他のVTuberよりも断然多いみたいだし、同じ箱の先輩VTuber達と比べても成長率は著しい。

 ――ただ当然それには箱自体のブランド、ひいてはそれを築き上げた先達のVTuberの努力と活躍が礎となっているのだから、格下だと見下して良い訳が無いのは当然の話だけど。まぁそれは兎も角。


「……29万人、ってことはあと少しで30万か……」


 厳密に言えば30万人まで後千人を切っているらしく、30万人に達するまでの耐久配信兼記念配信が来週行われるとチャンネルの告知機能で告知されていた。

 現在はその為に色々と準備を進めているようで、その関係で今週は配信がないのだとか。


 その記念配信の日付はギリギリ始業式の前日。当然見るつもりではあるけれど、初めてリアルタイムで見る配信が記念配信なのは、タイミングが良いのか悪いのか……




 ――閑話休題それはともかく


 大分話は戻るけど、元々私には趣味も無ければ夢も無く、ただ無為に日々を過ごすだけだった。

 でもこうして俺だった頃のの記憶を思い出して、どちらも自分だと受け入れた今はもうそうじゃない。


 どうせ時間だけはあるのだから、これもまた良い機会……うん、色々なことに目を瞑りさえすれば良い機会と言えなくもないし、この機会にまた絵を描き始めようと――イラストレーターとしての活動を再開しようと思う。



「……まぁそんなこと言ったって、すぐに再開できるって訳でもないんだけどさ」


 パソコンはあるけど、ペンタブか液タブが無いと絵は描けない。世の中にはマウスだけでとんでもない書き込み量の上手いイラストを描く人も居るらしいけど、そんな芸当俺に出来るはずも無く。


「大分懐が痛むけど……先行投資と思って、思い切って買おうかな。どうせ口座のお金は増えてくばっかで返させてくれないし……」


 両親の居ない私の後見人になってくれた凛花さんだけど、生活費と称して月に10万円も振り込んでくれるのは流石に多すぎると思う。光熱費とかは別に払ってくれてて食費ぐらいにしか使ってないから殆ど残っちゃってるし。


 凛花さんだって、元々忙しかった上に去年から発足した海外事業とやらの総括責任者になってアメリカに行ってるから、俺とも比にならないほど忙しい筈なのに……本当に申し訳ない。


 しかも私が殆どお金を使ってないと知ってからは、事ある毎に色々な物も送ってくるようになってしまったし。さっき言ったパソコンもその一つ。確かあれは……去年の私の誕生日に贈られたものだったかな。


「依頼も受けられるようになったら、今回のも合わせてこれまで迷惑かけてきた分何かで返せるかな。お金だと受け取ってもらえないだろうし……やっぱりプレゼントとか?」


 ただ問題は、私じゃ凛花さんが喜んでくれそうなプレゼントが思いつかないことなんだけど。こればかりは俺の記憶も当てにならないし……よし、また今度考えよう。

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