脅威の反応

 花々が美しく咲き誇る花壇の近く、庭の一角に設けられたテーブルセットに一同は集まっていた。


 トリシアは空を眺めていた。

 その双眸は空の彼方を見る遠い目をしていて、緩んだ頬は恍惚とした表情を作っていた。


 その隣の椅子でライアンは紅茶を呑みながら苦い顔をする。


「……どうするんだ、アイツ。どこかへ行っているぞ」


 向かいに座るシェリーに言った。ここで言うアイツとはトリシアのことである。


「気にしなくていいわ。ジークムント殿に会うといつもこうなの」

 事も無げにシェリーは言った。


 皇女を守る親衛隊の隊長がこうも緩みきっていていいものかと思ったが、主であるシェリーが容認しているようなので、それ以上触れないことにした。


「シェリー。こんなところで茶を飲んでいるけど、皇子の相手はしなくていいのか?」


「ゲルハルト皇子はジークムント殿を連れて城下に行かれたわ。もちろん、お忍びでね」


 シェリーは緩く笑いながら告げた。その表情にはさっぱりとした解放感が感じられる。


「それよりも、どうだった?」

 同席しているルドルフが端的に聞いてきた。


 その言葉でライアンも真顔になり、隣のリリアを見やった。

 視線を向けられたリリアは、手元のカップを静かにテーブルに置いた。

「稽古の場に現れた方々の中には、明確な『脅威』の反応はありませんでした。でも……」

 そこまで言ってリリアは考え込む。

 続きの言葉を探しているようだった。


「でも……何?」

 シェリーは急かす素振りを見せずに優しく問う。


「あ、あの、うまく言えないのですが、なにか、こう、ヒリヒリするような感じがありました。皇子では無く、あの強そうな剣士の御方に」


「私の言っていた意味が解っただろう」

 遠い空を見ていたはずのトリシアが突然口を開いた。

 その妖艶な声の響きに、びくりとライアンは反応してしまう。

 蠱惑的な笑みを浮かべてトリシアは尚も続ける。


「言っただろう。あの御方は纏う空気そのものが常人とは違うのだ。神に選ばれているとは、誇張などでは無い。真理だ」

 陶酔しきった表情でトリシアは言った。


 ライアンから見れば、皇女として生を受けたシェリーの方がよっぽど神に選ばれているのだが、トリシアの頭の中ではジークムントの方が序列は上のようだと悟った。


「皇子やジークムント、それに皇子の取り巻きにも『脅威』は無かったという訳か?」

 トリシアの言葉には触れずに、ルドルフが身を乗り出して念を押した。


「は、はい、その通りです」

 リリアは明確に答えた。それを聞いたルドルフは腕組みをして黙り込んだ。


「シェリー。ザウスベルクから来た奴の中で、あの稽古の場に現れなかった奴はいるのか?」


 ライアンの問いに、シェリーは考える仕草を見せる。

「そうね。今回の皇子の来訪に付いてきた人間は、全員揃っていたと思うわ。ああ、でも、全員って言っても、身分の高い人間だけよ。皇子の身の回りの世話をするお抱えの使用人とかは別よ」


 その言葉でライアンは目つきを鋭くさせた。


「まぁ、疑うのは構わないけど、何の権力も持たないただの使用人たちよ?」


「ここまで来たんだ。僅かな可能性でも疑うさ」


 ライアンは内に秘めた熱意を滲ませて毅然と言った。


 またこの顔だ――シェリーは思った。


 墓地で見た時と同じ、信念と決意を双眸に映す凛々しい顔。

 しかしその顔は、シェリーにとってはあの時と同じ感情を引き起こす光景であり、思わず顔を背けてしまった。


「……後で、テレザに案内させるわ」


「頼む」

 ライアンは力強く言い、ルドルフはそのやり取りを聞いて頷いた。


「アンジェリカ様、そろそろ時間かと」

 いつの間にか、いつもの平静に戻っていたトリシアが告げた。


「そうね。そろそろ準備が出来ている頃ね。みんな、行きましょう」

 何のことか解らず、ライアンは訝しげな表情をする。


「なんだ? どこに行くんだ?」


「お茶会よ。皇子付きの菓子職人が、私たちにザウスベルクの伝統菓子を振舞ってくれるのよ。折角だからメイドたちも交えてお茶会をするの。だから、あなたたちも来なさい」


「はい!」


 リリアが弾けるような声で応えた。


 その力強い声に一同は視線を向けた。皆に注目されたリリアはみるみる顔を紅潮させて、俯いてしまった。

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