最後の会話

 次の日、ライアンの家の前には、いつかと同じ豪奢な馬車がやってきた。

 馬車の御者も前と同じだったが、この前とは違ってキャビンには先客が居た。


「なんだ、師匠も来るのか」


「まぁ、成り行き上、断れないだろう」

 キャビンに座っていたルドルフは苦笑交じりに答えた。


 三人を乗せた馬車は、エディンオル街路に続いて城の正門を抜けて、しばらく進んだ後にシェリーの屋敷の前で止まった。


 屋敷の前に降り立つと、そこには出迎えの者が既に待機していた。


 一人はトリシア、もう一人はテレザだった。テレザの姿を見た瞬間、リリアの胸中に感情が入り混じる。


 温もりを懐かしく思う気持ちと、そんな感情を責めるという背反する二つの感情。

 気持ちの整理がつかずにまごつくリリアを、テレザは柔らかな笑みで迎えた。


「この間は急に居なくなっちゃって心配したのだけど、また会えて嬉しいわ」


 リリアがテレザと最後に会ったのは、お別れ会と称したメイドたちとの会合だった。

 半ば強引に連れて来られて、しばらくはメイドたちとの歓談の輪に居たのだが、ライアンとの約束の時間が迫っても会が終わる気配が無かったので、こっそり抜け出したのだった。


「その、この間はすいませんでした。挨拶もせずに帰ったりして」


「いいのよ。何か事情があることくらい私でも分かるわ」


 彼女はそれだけ言って、何も聞こうとはしなかった。テレザはリリアの手を引いて歩き出す。

 リリアは彼女の優しい笑みが眩しくて、俯きながら歩くのだった。


***********************


「やっぱり、またこれか」


 ライアンは冷ややかな顔で、隣のトリシアを見ずに呟いた。


「また、とはなんだ。よく見ろ。前とは違っている」

 トリシアも同じく隣を見ずに応えた。


 二人の前には、フリルをふんだんにあしらった足首丈スカートのメイド服を着たリリアが立っている。


「いや、一緒だろうが。前と同じメイド服じゃねえか」


「一緒ではない。よく見ろ、ここにリボンが追加されている。メイドたちが張り切って作ったリリア仕様の特別製だ」

 トリシアは「ここだ」とリリアの胸元を指差しながら、真面目な表情で説明をした。


 ライアンはどれだけよく見ても、前の服との違いがさっぱり判らなかったので、「そうか」とだけ言い、この話題を切り上げた。


 新型メイド服のお目通しが済むと、先輩メイドがリリアを家事仕事に連れて行った。


 残されたライアンは前みたいに親衛隊が襲ってこないか辺りを警戒する。


 その様子をトリシアが嘲笑う。

「親衛隊ならルドルフ殿に相手をしてもらっている。剣を学ぶという面で、あの方以上の武人はいないからな。良い機会は利用させて貰っている」


 拍子抜けするライアンを一瞥して、トリシアは踵を返して庭の方へ歩き出した。


「少し歩こう。これからの話をしたい」


***********************


 屋敷の庭は陽光に照らされた緑の芝が眩しく、心地よい穏やかな風が吹いていた。


 二人は絨毯のような芝生を並んで歩いていた。


「段取りを確認しておこう」

 前置きを省いてトリシアは話を切り出した。


「お前とリリア、それにルドルフ殿もそうだが、ゲルハルト皇子に謁見することはかなわぬ。今回の皇子の来訪は、あくまでも婚礼の儀の準備が目的だ。それ故、我が国の貴族諸侯との謁見も極力少なめにしている」


「貴族を差し置いて俺たちが謁見すると角が立つ。そうだろ?」


「そうだ。だから、皇子とその側近達の方から来てもらうことにした」

「どうやってだ?」


「なに、大したことは無い。私たち親衛隊の訓練の様子を、皇子に視察に来てもらうのだ。というより、そうなるようにアンジェリカ様に仕向けてもらう」

「リリアは? あいつが居ないと話しにならないぞ」


「問題ない。訓練の場に居て、怪我人を介抱するフリでもしてくれれば良い。ちなみに、怪我人の役はお前だがな」

 嬉しそうなトリシアの声音だった。


「怪我人、というのはフリでいいんだろうな。実際に怪我はしなくていいんだよな?」


「怪我人を演じることに自信が無いのであれば、怪我の一つや二つ私が作ってやるが?」

 嗜虐的な笑みを浮かべながらトリシアは言った。


「演じるもなにも無いだろ。ただ黙って動けないフリしてりゃいいだろう」

 連れない返事に、トリシアはわざとらしい落胆の表情を浮かべた。


 話はそれで終わったらしく、トリシアの口からはそれ以上言葉は出てこなかった。


 二人が無言のままで芝生を歩いていると、遠くから木剣同士の剣戟の音が聞こえてきた。


「そういえば、お前、ルドルフ殿とはあの後どこかで会ったのか?」

 唐突にトリシアが口を開いた。


 その言葉の意味をライアンは理解できない。

「どういう意味だ?」


「前に城の中で二人で話していただろう。お前が自分の死に場所を語っていた時だ。あの話の後で、ルドルフ殿とはどこかで落ち合ったのか?」


 ライアンの脳裏に、城内でのルドルフとの会話が蘇る。


「お前か。盗み聞きしていたのは」

 トリシアを睨むが、彼女はさらっと眼を逸らした。


「……別に。あれが最期だ。あれ以上、話すことも無かったからな。結局は最期じゃなかったけど」


 トリシアの足がぴたりと止まった。


「なんだ? どうした?」


 立ち止まったトリシアは、眉を寄せた顔でライアンを見ている。


「信じられないな。あれが、師匠と弟子の最期の会話か? 国を救い、その代償として死んでいく騎士を見送る言葉があれだけなのか?」


「俺と師匠の間じゃあれが普通だ。お前とシェリーみたいに篤い主従関係なんて、俺たちの間には無えし。そもそも、騎士が国に殉じるのは当たり前のことだ。あの人はそんな騎士を山ほど見送ってきたはずだ。だから、あんなものだろう」


 そう説明しても、トリシアの表情は硬いままだった。


「それに、俺としてもあっちの方が良かった。湿っぽいのは御免だからな。だから、お前も泣きながら別れの挨拶なんてするなよ?」


 冗談めかしてライアンは言った。

 いつもように冷罵の言葉が返ってくると思っていたが、その予想は外れた。


 トリシアは真顔になって何も言わずに再び歩き始めた。

 残されたライアンは遠ざかる背中をただ見送ることしかできなかった。

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