騎士団長へ

 クロムウェル卿とレーゼマイン卿の起した謀反の報せは、エディンオルをはじめとしてリアンダール王国内に瞬く間に知れ渡った。


 その情報の発信元は他ならぬシェリーだった。


 国の要職を担う貴族の謀反を、内密に片付けようと進言する他の貴族に対して、シェリーは全てを白日の下に晒すという姿勢を崩さなかった。

 彼女はエディンオルのみならず、リアンダール王国の他の都市にまでその報せが行き届くように、情報屋や行商人にさえ情報を流したのだった。


 国の中枢に座する貴族の謀反という事実に、貧民街の住人をはじめとする平民たちの間では非難の声が多くあがったが、シェリー自らが皇女アンジェリカとして失政を詫びる声明を出したことで、大きな混乱に至らずに済んだのだった。


 一方、貴族たちの間では、リアンダール王国の一大勢力だったクロムウェル家の没落に乗じて、クロムウェル家一派が握っていた権力の奪い合いが勃発していた。


 しかし、貴族たちは表立って争うことはしなかった。彼らはありもしない他家の疑惑の流言飛語を飛び交わせるといった、醜い争いを水面下で繰り広げていた。


 そんな城内の不毛な争いを鎮めるべく動いたのは、他ならぬリアンダール国王である、セルレッド二世だった。

 セルレッド王は貴族一人ひとりと謁見すべく、国内の全ての貴族にエディンオル城への参集の命を下したのだった。


 そして、それこそがシェリーの狙いでもあった。


 謀反の首謀者とされるクロムウェル卿は自害で果ててしまい、しかもレーゼマインからも他の共謀者の情報は得られなかった。

 王国に他の共謀者が存在しないという確証がない状況で、シェリーはしらみ潰しに調べるという方法を選択したのだった。


****************


「違うか?」


「はい、何も感じません」


 ライアンはリリアの黒い瞳を確認して、後ろに立つトリシアに目で合図した。

 トリシアは手元の紙に視線を落とした。


「今ので最後だ。全ての確認は終わった」


 ライアンとリリアは大きなため息をついた。


 三人はシェリーの命により、城内に入る貴族とその従者をリリアの力で確認する作業をしていた。

 そして、今ようやく最後の一人の確認が終わったところだった。


「ようやく、終わったか……」

 ライアンはその場に座り込んだ。しかし顔には疲労の色は無く、さっぱりとした晴れやかな表情だった。


「よ、良かったですね。他に共謀者がいなくて」

 リリアは憂いを帯びた顔だった。


 対照的な二人の表情にトリシアはひっかかりを覚えながら告げる。

「行こう。アンジェリカ様にご報告をしなければ」


 共謀者無しとの報告を聞いたシェリーは、王族としての威厳を脱ぎ捨てたように心底安堵した表情を見せた。


「やっと終わったのね。良かった」


 ここまで張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、シェリーは柔らかな笑みを浮かべた。


「リリアちゃん」

「は、はいっ」


「本当に有り難う。この一件はあなたの力無くては解決に至らなかったわ。この国を代表して礼を言うわ」


 一国の皇女に頭を下げられてリリアは驚き戸惑ってしまう。

「え、あ、わ、わたし、わたしは」

 そんな様子を見て、シェリーは微笑んだ。


「アンタにも、礼を言っておいた方がいいのかしら?」

 シェリーはライアンに向き直ると、いつものあけすけな口調で言った。


「知るか。そんなこといちいち聞くな」


 ごちん、とライアンは後ろから頭を殴られた。


「貴様。この国に仕える騎士ならば泣いて喜ぶ場面に、そんな台詞しか吐けぬのか!」

 頭を押さえてうずくまる騎士に、トリシアは怒りの言葉を浴びせた。


 いつものやり取りにシェリーは笑った。

「そのくらいにしてあげて、トリシア。それでも彼は国を救った英雄なのだから」


「……わかりました。ですが、あまりこの男を持ち上げない方が良いと思います。どこまで増長するか、わかったものではありません」

 トリシアは口を尖らせながら言う。

 どうやら、主がライアンのことを気にかけることが気に入らないらしい。シェリーは「そうね」と微笑みながら応えた。


「さて。じゃ、帰るか」

 ライアンが立ち上がり、挨拶も無く帰ろうとする。リリアは驚いた様子で問う。


「え、もういいのですか?」

「ああ、もう終わった。帰ろう」


「待ちなさい。まだ話は終わっていないわ」

 言うが早いが帰ろうとするライアン。その背中にシェリーの声が刺さった。


「なんだ? 別に礼なら要らないぞ。俺は自分の為にやっただけだし」

「そうじゃないわ。アナタのこれからのことよ」

「これから?」

「そうよ。アナタ、ラウンド騎士団の騎士でしょ?」


 シェリーが言わんとしている事が解らず、ライアンは小首を傾げた。


「騎士が一人になったとはいえ、ラウンド騎士団は解散した訳では無いわ」

「解散させればいいだろ。そんなもん」


「で、できるわけがないでしょ!」

「どうしてだ?」


「どうしてって、アンタほんとに馬鹿なの? ラウンド騎士団は謀反の被害者で、アンタはその生き残り。そして、その生き残りの騎士が、死んだ仲間の仇を討つべく奔走して、見事黒幕を討ち取ったのよ。こんなおとぎ話みたいな英雄譚は今まで聞いたこと無いわ。そんな騎士団を解散なんて、できるわけがないじゃない」


 そこまで説明を受けて理解したライアンだったが、顔にいっそう面倒臭さを滲ませる。


「アンタ、なんて顔をしているのよ。自分がその英雄譚の主役なの分かっている?」


 嘆くようなシェリーの口調に、居心地が悪くなったライアンは頭をぽりぽりと掻く。

 大げさにため息をつくシェリーだったが、気を取り直したのか、凛とした瞳でライアンを見つめる。


「今、ラウンド騎士団の再建の話が上がっているわ。そして、私は新しい騎士団長にアナタを――ライアンを推薦しているわ」

 この言葉に一番驚いたのはトリシアだった。どうやら聞かされていなかったらしい。


「しょ、正気ですか! この男が騎士団長など、天地がひっくり返っても無理です! なぜ、私に一言相談して頂けなかったのですか!」

 トリシアはすごい剣幕でシェリーに詰め寄った。


「その反応が予想できたから、黙っていたのよ……」

 遠い目でシェリーは応えた。


「トリシアの言う通りだ」

 先程までは違って真面目な顔でライアンが話し始めた。


「俺には騎士団長なんて無理だよ。騎士団を再建するかどうかには口を挟まないが、そこには俺の名前は出さないでくれ。俺はもうじき騎士を辞めるからな」


 ライアンの淡々とした言葉に、シェリーとトリシアは呆気に取られる。


「じゃ、そういうことだから」


 ライアンは呆気にとられる二人をよそに、リリアを連れて出て行ってしまった。


 残された二人は呆気に取られて、無言で見つめあうほか無かった。

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