一人よりも二人
リリアは窓の外の夜空に浮かぶ月を見ていた。
不思議なくらい穏やかな気分だった。
トリシアから帰れと言われた時、胸に満ちたのは安堵の感情だった。
最初はどうして自分はほっとしているのだろうと思った。だがすぐに答えは見つかった。
まだ終わらせたくないと思っている自分に気づいた。
『脅威』を排除すればライアンの魂を取り立てることになる。
彼の願いの成就は、彼との別れが訪れる。
もう名を呼んでもらうことも、顔を覗き込んでもらうこともできない。
温かい目をして頬杖をついた横顔も、大きな手や背中ももう見ることができなくなるのだ。
晩餐会からの帰り道、ライアンはずっと不機嫌そうで何も喋らなかった。
ただ、リリアを部屋まで送り届けた時、別れ際に一言「すまない」とだけ言っていた。そのライアンの悔しそうな顔が頭から離れない。
人知れず自らの魂を捧げて使命を全うしようとしている彼の傍らで、その使命が果たされないことに安堵している自分が情けなくて申し訳なかった。
ふぅとリリアはため息をついた。この感情を遠ざけたい、眠ろう、そう思った時だった。
控えめなノックの音が聞こえた。
聞き間違いかと思っていると、少し強めのノックの音が来た。扉まで歩き、出来る限り音を立てないように扉を開けた。
扉の外に立っていたのはトリシアだった。
「夜更けにすまない。アンジェリカ様が呼んでいる、来て欲しい」
断る理由もなかったので、リリアはついていくことにした。
シェリーの部屋に入ると、ライアンも既に来ていた。
別れ際と変わらずぶすくれた表情をして椅子に座っていた。
「ごめんなさいね。もう寝ちゃっていた?」
きらびやかなドレスと豪華なネックレスを身に着けたシェリーが明るく迎えてくれた。
どうやら晩餐会から帰って、まだ着替えも済ましていないらしい。
「いえ、大丈夫です」
その言葉に「そう、良かった」とシェリーは微笑んだ。
トリシアに椅子を勧められて腰掛けると、待っていたかのようにシェリーが口を開く。
「お手柄ね、リリアちゃん! たった一晩で黒幕をつきとめるなんて」
「え、いえ、私は何も……」
「ううん。謙遜しないで、全ては貴方の魔法のお陰なのだから。そこでふて腐れている騎士様とは大違いよ」
浮かれるシェリーとは対照的に、トリシアが冷静な表情で口を開く。
「リリア、ひとつ確認しておきたい」
「な、なんでしょう」
「君の魔法が反応したのは、レーゼマイン卿とクロムウェル卿の二人だけだったのか?」
「……私が見た限りでは、あの御二方だけです。ですが、私は晩餐会の最初の方は裏でお仕事の説明を受けていましたし、会の最後まで居たわけでは無いので、それ以外には居ないとは言い切れません……」
リリアは自信無さげに答えた。だがシェリーは確信したかのような表情になる。
「私、見ていたわ。リリアちゃんが会場に入って来たのは、会の冒頭のクロムウェル卿の挨拶が終わってからよ。クロムウェル卿は挨拶が終わるとすぐ引っ込んじゃって、入れ替わるようにリリアちゃんが他のメイドたちと入ってきた。そして、その時会場には招待客全てが揃っていたのも確認済みよ。そもそも、他に加担している人間がいたとしても、そんなのは些細なことよ」
きっぱりとシェリーは言い切った。
「なんでだよ?」
黙っていたライアンがようやく口を開いた。
「だって、そうじゃない? 王家に次ぐ力を持つクロムウェル卿が黒幕なら、他に誰が加担していようが、それらは全てクロムウェル卿の駒に過ぎないはずよ。つまりはクロムウェル卿さえ陥落させれば、問題は片付いたも同然よ」
「そんな単純な考えでいいのかよ……」
「簡単な話だ。あの晩餐会に参加していたのは国の枢要を担う者ばかり。裏を返せば、あの会に参加していない者がいくら逆心を抱こうが、取るに足らないということだ」
シェリーの理屈をトリシアが補強した。
だが浮かない表情のままのライアンに、トリシアは背もたれに身を預けながら続ける。
「クロムウェル卿を抑えるだけでも難中の難だ。これ以上敵を増やしても、こちらの手が回らないだろう」
ライアンは渋々納得といった顔で口を開く。
「そりゃ、そうだが。でも、どうするんだ。その難中の難をどうやって片付ける? 今日の一件で、俺の行動はレーゼマイン卿からクロムウェル卿に伝わっているはずだ。おそらく俺はもう奴等には近づけない。ひょっとすると俺を連れてきたお前らも警戒されている可能性だってある」
その言葉を待っていたかのように、シェリーが瞳を輝かせて笑みを浮かべた。
「策ならあるわ」
「本当か?」
「ええ、相手がレーゼマイン卿『ひとり』だけだったら面倒だったけれど、クロムウェル卿も釣れて相手が『ふたり』になったことは幸いだったわ」
「……はぁ? 敵は少ない方が良いって、さっきトリシアが言っていただろう。どうして相手が『ふたり』なのが幸いなんだ?」
ライアンは問い質すが、シェリーはそれ以上の説明をしてくれなかった。ただ不敵な笑みを浮かべている。
「任せといて。彼らに自らの罪を認めさせてあげるわ」
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