作戦変更

「全くもって、理解致しかねます!」


 貴族風の出で立ちの男が憤激を隠さずに叫んだ。


 その嫌な感情がこもった声に、シェリーは顔をしかめた。


「落ち着いて下さい。ラッセル卿」

 傍らに控えるトリシアが言う。

 なだめるというより切り捨てるような口調だった。


「パトリシア、貴殿は黙っておれ! 私はアンジェリカ様と話をしているのだ!」


 トリシアの口調が気に障ったのか、貴族風の出で立ちの男――ラッセル卿は怒りの矛先をトリシアに向けた。


「だからこそ、落ち着いて下さいと、申し上げているのです。アンジェリカ様の御前でそのように感情を露にされては、ラッセル卿の品格と忠義を疑われてしまいます」


 わざとらしく周囲を見渡しながらトリシアは言った。

 辺りには何事かとメイドや親衛隊員達が集っていた。


 ラッセル卿は周りの野次馬たちに気づくと、威嚇するような目つきを辺りにばら撒いた。

 野次馬達は怒りの矛先が自分に向かぬようにおずおずと立ち去って行った。


「ラッセル卿。私は有能な人材を遊ばせておくのが勿体無いと思っただけよ。騎士ライアンの剣の腕はあなたもご存知でしょう? 彼を私の親衛隊の稽古役に任ずることがそんなにおかしなことかしら?」


 シェリーは務めて冷静な口調で問うた。


「有能な人材ですと? アレのどこが有能というのですか! 仲間の騎士を見捨てて、おめおめと一人で逃げ帰ってきた騎士のどこが有能だというのですか!」


「充分有能よ。彼は騎士として華々しく散る名誉よりも、生き恥を晒しながらも国に危機を伝えることを選んだ。誇りよりも民の命を選んだ。その判断は称賛に値するわ」


「し、しかし、魔獣の群はエディンオルには来なかったではありませんか」


「それは結果でしか無いわ。結果として魔獣が来なかっただけ。あるいは、彼の報告を受けて、街の周辺を警戒させたお陰で魔獣たちは逃げ帰ったかもしれないわ」


「ですが! 彼奴は騎士とは言え、元々は貧民街の人間です。そんな人間を殿下の足下に置くなど――」


「ラッセル卿!」


 耳を貫くようなトリシアの声が轟いた。

 ラッセル卿は心臓を鷲掴みされたような顔をしている。


「それ以上はやめておいた方が御身の為です」


「ど、どういうことだ、パトリシア」


「確かに騎士ライアンは貧民街の出自です。ですが、その貧民街の出身の者を騎士として叙任されたのはどなたかお忘れですか?」


 ラッセル卿は息を飲んだ。


「今のご発言は騎士ライアンを叙任した王族の意向に対して、異を唱えることに他なりません。そして、閣下の眼の前におられるのはリアンダール王国の姫殿下です」

 ラッセル卿は完全に押し黙ってしまった。

 それを見てシェリーは小さく息を吐いた。


「ラッセル卿。あなたが私の身を案じているのなら問題は無いわ。見ての通り、私の元にはパトリシアを筆頭に親衛隊が居る。むしろライアンのおかげで、親衛隊は良い緊張感で満ちているわ。でもね、あなたは少し張り詰め過ぎているわ。騎士団壊滅の事態は深刻だけれども、あらゆることに過敏になりすぎると、あなたの身が持たないわよ?」


 トリシアに追い詰められた所に、姫殿下からのいたわりの言葉。

 ラッセル卿はそれ以上話を続けることができなかった。


********************


 不機嫌そうに早足で立ち去るラッセル卿の背中を、ライアンは建物の陰から見送っていた。

 ラッセル卿の後ろ姿に向かってライアンは敵意に満ちた表情で呟く。


「やっぱりあの野郎か。早速、動き出しやがったな」


「あ、あのっ、ライアンさん。あの御方は、その、違います」

 凶暴な顔で呟くライアンに、リリアは怯えの表情を滲ませながら声をかけた。


「違う?」


 消え入るような声だったが、ライアンの意識にはしっかり彼女の言葉は届いていた。

 リリアを見て気づいた、彼女の瞳は先程までと変わりもなく、澄んだ漆黒のままだった。


「まさか、あの野郎からは何も感じないのか? アイツは『脅威』じゃないのか?」


 こくこくと頷くリリア。

「あ、あの御方は、辛辣な言葉を並べていましたが、少なくとも『脅威』ではありません」


 改めてラッセル卿は『脅威』では無い、とリリアは告げた。

「そ、そうか、お前がそう言うなら、そうだな。ありがとう。お陰で早まらずに済んだよ。しっかし、アイツが黒幕じゃないとしたら、一体誰が……」



「何? 『お前の力』って?」


 透き通った美しい声がライアンの背中に突き刺さった。

 ぎくりとして振り返ると、声の主はシェリーだった。その横にはトリシアもいた。


「お前、いつの間に……」


「どうして? 何故この時点でラッセル卿が黒幕じゃないって言い切れるの? ねぇ、どうして?」

 無駄な会話は一切挟まずに、シェリーはずけずけと切り込んできた。


 シェリーの問いに窮していたライアンを救ったのは、またしてもリリアだった。


 リリアは自らが『悪魔』であることを隠したまま、魔導師という設定を利用して、『悪い人を見つける魔法』とやらを使ったと説明した。

 そして、魔獣すらも焼き払う魔法も『悪い人』にしか反応しないということも付け加えた。



「――そんな、便利な能力があるなら、初めに言いなさいよ!」


 ごもっともな言葉にライアンは身を縮こまらせた。


「い、いや、言うつもりだったんだが、バタバタとしていて、言う暇が無かったんだ……」


「家事の手伝いをしていたリリアちゃんはともかく、アンタは親衛隊と遊んでいる暇があるんだったら、先に大事なことを話しなさいよ!」


「俺は好きで親衛隊の相手をしていたんじゃ無い!」


 気を失う程の訓練を遊びと言われて、さすがにライアンも声を荒げた。


「ふん、どうだか」

 蔑みの眼を向けながらトリシアが呟いた。


「お前ぇぇぇぇぇ!!」


「落ち着いて下さい、ライアンさん!」

 剣を抜こうとするライアンをリリアは必死に宥めた。

 その傍らでシェリーは遠くを見つめながら思案に耽っていた。


 そしてライアンの鼻息がようやく収まった頃、シェリーはおもむろに口を開いた。


「トリシア。クロムウェル卿が主催する晩餐会はいつだったかしら?」


「……確か、三日後だったはずです。しかし、アンジェリカ様は出席を断ったはずですが」


 トリシアはシェリーの呼び方も変えて、丁寧な言葉遣いで応えた。

 彼女は屋敷の中では親衛隊長としての相応の振る舞いをしている。

 むしろ、こちらが本来のトリシアであり、城下ではシェリーの身分が露見しないように、あえて友人のように振舞っているのだった。


「今からでも出席できるかしら? 私と貴方とそこの二人も含めて」


 トリシアはライアンたちを見やり、主の言葉の意図に気づいた。


「なるほど。待つのでは無く、討って出ますか」


「なんだ、何の話だ?」


「作戦変更よ。あなたたちを国のお偉い方が集る晩餐会に出席させるわ。その席でリリアちゃんの魔法で黒幕を見つけるのよ」


 おずおずとリリアが問いかける。

「しかし、騎士であるライアンさんはともかくとして、わたしがそのような場に入れるのでしょうか?」


「問題ないわ。メイドの一人くらい潜り込ませるなんて造作も無いわ。ね、トリシア?」

 その言葉にトリシアは苦い顔をした。

 どうやら造作も無いというのは言葉通りでは無いらしい。

 だがすぐに柔らかな表情を浮かべてトリシアは応える。


「承知しました。仰せのままに」

 

 トリシアの返事に、シェリーは小悪魔的な美しい微笑みを浮かべた。

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