閑寂なる南の森にて
ライアンは慎重な足取りで、足元の草を掻き分ける。
そこは幾重にも重なった木々の葉で、日の光が遮られた暗い森だった。
太陽の恵みが行き届いていない空間は、身体の熱が吸い取られていくような冷たさを湛えていた。
深閑とした森の中は静寂に包まれていて、耳に届くのは自らの足音と衣擦れの音のみ。
まるで、自分たちが世界から切り離されてしまったかのような静けさだった。
「とても静かですね」
後ろのリリアが、森の静寂を乱さないように小声で呟いた。
「ああ、静か過ぎるな」
振り向かず周囲に視線を配りながら、ライアンは応えた。
森に入ってからというもの、常に周囲の気配を探りながら慎重に歩を進めていた。
しかし、魔獣との遭遇はおろか、動物の気配すら皆無だった。
「これだけ歩いても気配すら無いというのは、魔獣たちは隠れているのでは無くて、出払ってしまって、ここにはもう居ないということだろうな」
「では、あの大群はやはり……」
「ああ、俺達を襲って、俺達が討伐したあの魔獣の群は、ここに棲んでいた奴等だと思う。問題は何故ここから出て行ったかだが――見た限りでは、ただ薄気味が悪いだけで何も手掛かりが無いな」
ライアンは物憂げに辺りを見渡す。
思案の結果、調査を諦めるという考えに至ろうとしていたが、リリアの言葉がそれを遮った。
「でも、ここは何か嫌な感じ、『脅威』を感じます」
脅威――その言葉に反応して、リリアの方へ向き直ると、彼女もこちらをじっと見ていた。
騎士を見つめる少女の――漆黒のはずの――双眸は、ちらちらと蒼い光が滲んでいた。
「この森に何かいるって言うのか?」
「わかりません。でも、この森の奥に進むに連れて、私の中の力の反応が強くなっていくのを感じます。あの魔獣たちと対峙した時と似た感じがするのです」
ライアンは森の奥を見つめた。
痛いほどの静寂が、森の不気味さをいっそう際立てている。
「わかった。進もう」
******************
森に漂う空気が変わったことにライアンの鼻が反応した。
「なにか……嫌な匂いだ……」
匂いの正体を探るべく近くの茂みに入った。
抜けた先で視界に飛び込んできたのは人の死体だった。
しかもただの死体ではなく、明らかに魔獣に噛み殺された形跡のある死体だった。
「こ、これは……」
嫌悪感を露わにしたリリアの呟きを背中で受けながら、ライアンは前方を見渡した。
そこには同じような死体が幾つも転がる凄惨な光景が広がっていた。
背後ではリリアが息を飲む気配。死体を避けながらもライアンは更に奥に進んでいった。
やがて、森の主のような大木の下に辿り着いた。
大木の周囲にも無残な人の死体と魔獣の死骸とが散乱していた。
「ど、どうして、こんなところで」
ライアンに寄り添うリリア。
ふと気付いた、リリアの瞳の蒼い光が強くなっている。
「リリア、さっき言っていた、嫌な感じ――『脅威』を感じるか?」
「……さ、先程より強く感じます。でも、魔獣とは何か別の感じです――こっちです。何かあります」
そう言いながら、リリアは死体を避けながら大木の根元の方へ歩いていく。
そして魔獣の死骸が折り重なっている場所で立ち止まった。
「この場所か?」
ライアンの問いかけに蒼い双眸のリリアは首肯した。
ただ魔獣の死骸が重なっているようにしか見えなかったが、ふと死骸の隙間にあるものを見つけた。
それは麻を織った布のようなものだった。
ライアンは魔獣の死骸を掻き分けた。
布のようにみえたものは麻袋だった。穀物の貯蔵に使うような袋で、中からは薄茶色の粉が零れていた。
だがここは深い森の奥。
なぜこんなところに、と思いながら麻袋に手をかけようとした時、
「気をつけて下さい!」
リリアの鋭い声が響いた。
「な、なんだ、急に大声をだして」
「そ、それです。その袋の中身、とても嫌な感じがします」
麻袋から零れ出ている粉を指差して、蒼い目のリリアは言った。
匂いもしないその粉を見つめてライアンは呟いた。
「これが、脅威なのか……?」
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