前騎士団長

「そうか、騎士団は壊滅か」


 椅子に腰掛けた銀髪の大男は、口元の髭を撫でながら静かな声音で言った。

 ライアンはその反応を訝りながら問いかける。


「驚かないのか……?」

 男はライアンをちらりと見て、大きく息を吐いた。

「この辺りにも嫌な匂いが流れてきていたからな、何かが起きたとは思っていたのだが。よもや、そのような事態になっておろうとは」


「酷い有様だったよ。不意を突かれたんだ、呆気ないものだった」

 悄然としてライアンは言った。


「ふむ、しかし、お前の命だけでも助かった。その上、そこの少女を助けることができたのは僥倖と言えよう。神に感謝せねばなるまい」

 男は後ろに座るリリアを見やった。

 不意に視線を向けられたリリアは慌てて俯いた。


「さっきので驚かせてしまったようだな」

「当たり前だ。不意打ちにも程がある」

 ライアンは男をなじるが、その口調は温かみを帯びていた。

 少なくとも、この男はライアンにとって心許せる相手なのだとリリアは感じ取っていた。


「あの。ライアンさん。この御方は……」

 おずおずと男とライアンを交互に見ながら問いかけた。

「あぁ、すまない。紹介が遅れたな。この人はラウンド騎士団の前の団長さんだ。俺はこの人に仕える従騎士をやっていたんだ、それで俺の剣の師匠でもある」


「ルドルフだ。ルドルフ・オブライエンという。今は見ての通り隠居暮らしだ」

 銀髪の男――ルドルフは手を差し出しながら言った。リリアは手を握り返した。

「リ、リリアといいます。よろしくお願いします」

 触れたルドルフの手はがっしりと力強く壮健であり、身なりも山小屋暮らしに割には整っていて、とても隠居の身とは思えない印象だった。


「それで? 騎士団の壊滅を伝えるためだけに来たのか? ライアン」

「い、いや、そうじゃない。助言が欲しくて来たんだ……」

「助言?」

「騎士団を壊滅させた魔獣の群は居なくなった。だけど、まだ終わっていないんだ。この国にはまだ脅威が迫っているんだ」


「脅威だと?」

「ああ、おそらくは国の存亡に関わる脅威だ」

「その脅威とはなんだ? もっと具体的に言え」

 曖昧なライアンの説明に、ルドルフは眉を寄せて冷淡に問い質す。


「そ、それが…………わからないんだ……」

 厳然な表情から一転、ルドルフは呆れ顔となる。

「お前は何を言っているのだ」

「わ、わかっている! 自分でも要領の得ない話だということを。でも確かなんだ。この国に脅威が迫っているのは確かなんだ!」

 双眸をたぎらせて必死の表情でライアンは言った。


 しばらくその顔を見ていたルドルフは不意にふっと笑った。

「お前でもそんな顔をするのだな」

「え、な、なんだ」

「いや、いい。それで、何かわからないが脅威があるというならば、その根拠はなんだ?」

「こ、根拠も……無い。……か、勘だ」

 ルドルフはやれやれというふうに、大げさにため息をついた。


「馬鹿だと思うのなら、思えばいい。けれど、俺には国に迫る脅威を打ち払う使命がある。でも、その脅威が何なのかが判らないんだ。だから――」

「――その脅威とやらの手がかりを探す為に、儂に助言を仰ぎにきたのか?」

「そ、そうだ」


 ルドルフからはそれ以上質問は出てこなかった。彼は椅子の背もたれに身を預け腕組みをして眼を閉じた。どうやら思索に耽っているようだった。

 

 やがてルドルフは薄く目を開け、虚空を見たまま呟き始めた。


「魔獣たちはどんな様子だった? 何かおかしな様子は無かったか?」

「おかしな様子。特におかしなところは…………いや、待てよ」

 記憶の中に見つけた微かな違和感。

 ライアンはその感覚を表現する言葉を探す。


「よく考えてみると、おかしい。アイツ等いつもは森の中に住んでいて、人を襲うことはあっても、それは人がアイツ等の縄張りに入った時だ。俺達が襲われたのはまだ森の手前で、アイツ等の縄張りになんか入っていない。それに……やけにしつこかった」


「しつこい?」


「ああ、俺も魔獣討伐や偵察は初めてじゃない、だから、魔獣に追いかけられたこともあるし、どのくらい逃げれば、追ってこなくなるかも知っているつもりだ。だけど、この前の奴等はやけにしつこくて、逃げれば逃げるほどに殺気が増していくようだった」


「ふむ、縄張りの外での襲撃に加え、異常な攻撃性。お前が感じた魔獣たちの違和感。それがお前の言う脅威の手掛かりになるかもしれぬぞ。お前の話では騎士団は本来ありえない場所で魔獣の襲撃を受けた。それだけでも異常だ。それに加えて魔獣たちの異常な攻撃性。問題はこの異常は何故起きたのかだ。その何故を究明する必要があるのではないか?」


 ライアンは顎に手を添えて考え込む。


「ライアンよ、もう一度襲われた場所へ行くのだ。行って手掛かりを調べるのだ。少なくとも現時点ではそれ以外に助言はできぬぞ」


 その言葉を咀嚼するようにライアンは頷いた。そして靄が晴れたようにさっぱりとした表情へ変わっていって、最後は口角をにやりと上げて笑った。


「流石、頭の方は衰えていないみたいだな。師匠」


「馬鹿を言うな。腕の方も衰えておらぬわ」

 ルドルフも同じような笑いを浮かべて応えた。

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