丘への訪問
緑陰をわたる涼しい風がリリアの白い頬を撫でていった。
風の心地よさで自分の身体が上気していることにリリアは気づいた。
ライアンに連れられてやって来たのは城壁の外だった。
エディンオル市街から少し離れた小高い丘。今はその丘の山道を登っていた。
リリアは木々が開けた山道から、下の景色を見下ろした。
晴れ渡る空の下に、壮麗なエディンオルの街がよく見えた。
「どうしたリリア? 疲れたか?」
先導していたライアンが振り向いた。
「い、いえ、私は平気です。でも街から出ちゃっていますけど、大丈夫なのでしょうか?」
「あぁ、大丈夫だ。おそらく、この辺りなら魔獣も寄り付かないから安全だ」
騎士の立場として、このような時に街を出てしまって大丈夫なのか、とリリアは聞いたつもりだったが、どうやら伝わらなかったらしい。
「そう、ですか」
リリアは小声で返事をしてライアンの背を追った。
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山道を暫く登り、丘の中腹に差し掛かった頃、大きく開けた場所が現れた。そこには一軒の木造りの家が建っていた。その家は質素な造りだったが、整った屋根壁は人が住んでいる気配を感じさせた。
頑丈そうな扉をライアンが粗雑に叩く。
「おーい、師匠。いるかー?」
しばらく待っても問いかけに応える声は無かった。
「うーん。ひょっとして、死んだか……?」
あっけらかんと不吉なことを呟きながら、ライアンは壁伝いに家の周りを歩き始めた。
二人は家の周りをぐるりと歩いて家の裏手に回り込んだ。ライアンは裏庭から家の中を覗き込んでいる。
手持ち無沙汰のリリアは、見るともなしに庭を眺めていた。
突如、庭の奥の藪から、音もなく大きな影が姿を現した。
影は足音も立てずにライアンの背後に近付いていく。それは大柄な男で振り上げた手には斧のようなものを握っている。
「うお!」
間一髪、気配に気づいたライアンは、振り向いて男の腕を掴んで、攻撃を食い止めた。
「ライアンさん!」
叫びながらリリアは右手を突き出した。意識を眼の前の男に向ける。
リリアの双眸が一瞬青く輝いた。
だが双眸の青い光は瞬きの間に消え失せてしまった。
「あ、あれ?」
何も発しない右手を、リリアは目をしばたたかせて見た。
「だ、大丈夫だ、リリア。この人は敵じゃない」
ライアンは男と組み合ったまま、リリアに声をかけてきた。
「この、いい加減にしやがれっ」
ライアンが男の腕を払って蹴りを放つ。しかし男はひらり後ろへ飛んでそれを避けた。
「久しぶりだな。ライアン」
男は長い銀髪を無造作に後ろで束ねており、顔の深いしわは老人と呼んでもおかしくない年かさに見える。
しかし、その体躯は逞しく、ライアンよりも一回り大きかった。
「隙だらけだぞ、常日頃から油断するなと言っておいたはずだ」
「黙って近付いてくるんじゃねえ、ジジイ」
「はっ、間抜けに背中を向けるお前が悪いわ」
ライアンは苦虫を噛み潰したような表情で頭を掻く。
銀髪の男はようやく後ろで呆気に取られているリリアに意識を向けた。そして目を眇めて言葉を漏らした。
「そうか、妻を娶ったか」
「違う!」
ライアンの強い否定の言葉が丘の木々にこだました。
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