暗がりからの二人
月明かりで照らされた道の上、酒場を出た二人は暗くて静かな貧民街を歩いていた。
「――そうか、悪魔の力でも『脅威』を見つけ出すのは難しいのか」
「はい、あの魔獣たちと対峙している時は、明確に『脅威』だという感じはあったのですが、今は何も感じないのです。恐らくは『脅威』となる存在が、目の前か近くに現れれば反応があると思うのですけど……」
どこにあるのか分からない王国の『脅威』。それを排除できる悪魔の力ならば、どこにあるのかも判るのではとライアンは考えていた。
しかし、思ったほど悪魔の力は万能では無かったらしい。
リリアからの返答は芳しく無く、現時点で『脅威』に関する手がかりは皆無のままだった。
会話が途切れた二人を静寂が包む。
静かな町並みは、何者も存在していない静けさと、何者かが突然飛び出してきそうな怖さを感じさせる風情を持っていた。
ライアンは慣れているのか迷いも無く歩いている。リリアは暗い街路を躓かないように歩いていた
突然、暗がりの路地から黒い影が飛び出して来たかと思ったら、ライアンの身体が路地に引き摺り込まれた。
「ライアンさん!」
リリアは叫びながら、後を追って路地に飛び込んだ。
そこで見たものは、ぎりぎりと壁に押さえつけられているライアンだった。
「だ、大丈夫だ、リリア。こいつらは……知り合い……だ」
ライアンを拘束している人物がリリアを一瞥した。
「フンッ、女連れで食事か。いい身分だな、騎士ライアン」
若い女の声だった。
月明かりに照らされた女の顔は、冷たい眼差しが似合う氷のような美しさを湛えていた。
「離していいわよ、トリシア」
路地の奥から別の声が響いた。今度も女の声だ。
奥から靴を鳴らして近づいてきた女は、ヘッドスカーフを目深に被っていて顔がよく見えない。
しかし、覗き見える細い顎と可憐な唇だけでも、彼女が別段の美貌の持ち主だということが知れた。
トリシアと呼ばれた女はしぶしぶ拘束を解いた。
「ふーん。随分と可愛らしいお連れ様ね。迷子に道案内でもしているの? ライアン」
「へっ、余計なお世話だ。お前には関係無いだろ、シェリー」
「まぁね。アンタが何しようが興味は無いし、そんなことを話しに来たんじゃないわ。というよりも、アンタ、わたしに伝えないといけないことがあるんじゃない?」
シェリーと呼ばれたスカーフの女は、声の温度を下げながら言った。
「……何のことだ」
「とぼけるな! 私達が知らないとでも思っているのか!」
横合いからトリシアが叫んだ。その迫力にリリアは身を震わせた。
シェリーはヘッドスカーフを頭から取り、その美貌を月下にさらした。そして、翠緑の双眸をライアンへ向けた。
「ラウンド騎士団。アンタ以外は全滅したって本当なの? 何が起きたのか、何が起きているのか、詳しく教えなさい」
ライアンは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「判らない」
「お前!」
再びトリシアが鋭く叫ぶが、シェリーが手を上げて制した。
「本当だ。俺だって何が起きたのかは判らない。ただ任務中に魔獣の大群に襲撃を受けた、それだけだ。詳しいことは、明日の捜索団の報告を待つしかねえよ」
「エディンオルは、この街は、大丈夫なの?」
悄然と応えるライアンに再びシェリーは問うた。その声は幾分柔らかさを帯びていた。
「すまない。それも判らない。ただ……」
「ただ?」
「シェリー、お前はこんなところをうろついていないで、安全な場所に居たほうがいい」
シェリーは暫しライアンを見つめた後、眼を逸らして息を吐いた。
「帰るわよ。トリシア」
「しかし!」
「いいのよ。もう充分よ」
背を向けて歩き始めるシェリー。トリシアはこちらをひと睨みして去って行った。
二人が去ったのを見届けたライアンは、リリアの方に振り返った。
「すまない。驚かせて」
リリアは黙って首を振った。
「まぁ、悪い奴等じゃ無いんだ。ちょっと面倒だけどな」
二人組について端的に語るライアンにリリアは何も聞かなかった。
彼がそれ以上の説明を拒んでいるように見えたからだ。
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