悪魔の証拠
地面を蹴るたびに金属板が擦れる音を立てる。
騎士は平原の草むらを甲冑を鳴らしながら疾駆していた。速すぎず、かといって緩めすぎず、岩や溝を軽やかな足取りでかわしながら駆け抜ける。
ライアンはちらりと後ろを見やった。後ろには獰猛な殺気を振りまく魔獣が、大挙して追いすがって来ていた。どの魔獣も獲物を逃がさんと必死の形相だ。
「へっ」
一歩間違えば魔獣たちに磨り潰されてしまいそうな状況で、ライアンは不敵に笑う。
――いいぜ、順調だ。
やがてライアンの眼の前に大きな岩が現れた。先程まで隠れていた廃屋ほどあろうかという巨岩だ。
ライアンは岩の前で立ち止まった。
後ろを振り返った瞬間、眼の前の空間が青く燃え上がった。
追いかけてきた魔獣たちは、叫び声をあげることもできずに燃え尽きていく。辛うじて焔から逃れる魔獣もいたが。
「逃がさねえよ」
魔獣の背後からライアンが剣を突き立てた。急所を突かれた魔獣はあっけなく崩れ落ちる。
剣を引き抜いて、ライアンは辺りを見渡した。どうやら追ってきた――連れてきた魔獣は片付いたようだった。
「大丈夫ですかー?」
頭上から少女の声がした。ライアンは岩の上を仰ぎ見て、手を振って応えた。
「もういいぞ、リリア。降りてきていいぞー」
ややあって、岩の背後からリリアが姿を現した。
「これで終わりですか?」
「あぁ、とりあえずはこの辺りにいた魔獣たちはいなくなったと思う」
ライアンが囮となり、魔獣たちをリリアの待つ場所へ連れて行って一網打尽にする。単純だが効率的なこの作戦を、二人はもう何度も繰り返していた。
作戦は功を奏し、魔獣がひしめき合っていた一帯はすっかり静かになっていた。
「一旦、廃屋に戻ろう」
そう言ってライアンが歩き出した時、後ろの草むらが音を立てた。
振り向いた二人が見たのは、半身を灼かれながらも、殺意鋭く牙を剥き出した狼のような魔獣だった。二人の反応より速く飛びかかってきた魔獣は、リリアの喉元に喰らいつき、華奢な身体を押し倒した。肉がちぎれて骨が砕ける嫌な音がライアンの耳に届いた。
「クソッ!」
歯噛みして剣を構えるライアンに、間髪入れず狼の魔獣は飛び掛ってきた。
しかし、魔獣の牙がライアンに届く寸前。
狼の魔獣は蒼く燃え上がった。瞬く間に炎は魔獣を灰と化した。
風にあおられて灰が舞い散る中、悠然と立つリリアがいた。彼女は首を真っ赤に染めながらも、右手を突き出していた。
「リリア!」
叫びながらライアンは駆け寄った。
リリアは喉元を手で押さえてうずくまる。鮮血は首だけでなく口からも滴り落ちている。
「おい、しっかりしろ、リリア!」
問いかけにリリアの口は微かに動くが、声は発せられない。
「傷を、傷を見せてみろ!」
喉元を押さえる手を剥がして、ライアンは背筋が凍りついた。
そこで見たのは、血まみれの傷口が意思を持っているかのように、まるで生き物のように蠢きながら、裂け目を塞いでいく光景だった。
唖然とその光景を見つめる前で、瞬く間に傷は修復されてしまった。そして、元に戻った喉を通ってリリアの息が吐かれる。
「気持ち悪いところを見せてしまいました……」
額に汗を滲ませながら、リリアは恥ずかしそうに笑っていた。
「これで信じてもらえましたか? 私が『悪魔』だってこと」
淡々と語るリリアの口調が、ライアンの体温を下げさせた。彼はリリアの顔を直視できずに目を逸らしてしまった。
その仕草を見てリリアは憂いの表情を浮かべるのだった。
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