魂の契約
「――じゃあ、魔導師か?」
「ち、違います」
「ひょっとして魔女か?」
「に、似ていますけど、違います」
廃屋に入ってきた魔獣は、どうやら先程の一体だけだったらしい。
その魔獣が灰になった部屋で、騎士が少女に職業を尋ねているがどれも違うらしい。
「で、ですから、最初から言っているじゃないですか。『悪魔』ですって」
うーんと唸り、ライアンは腕組みをして考え込んでしまった。
せっかく悪魔らしい力を見せたというのに、信じてもらえないリリアは釈然としない様子だった。
「ま、いいか。ところでさっき、重器契約は下位の契約だと言ったな?」
「え? あぁ、はい、そうです。『重器契約』は『魂の契約』の下位の存在にあたります」
「じゃあ、その『魂の契約』とやらを結べば、どれくらいの魔獣が倒せる?」
悪巧みをする子供のような顔でライアンは問いかけた。
問われたリリアの顔は緊張の色を帯びる。
「どのくらい、というのは難しい質問です。魔獣討伐を願い事とした場合、願い方次第で討伐できる数は変わります……。ですので、どのくらいという『数』よりも、何を達成するのかという『目的』を願うことをお勧めします」
悪魔を名乗る少女は律儀に答えて、さらに言葉を続ける。
「ただ、お気づきかと思いますが、『魂の契約』はその名の通り、その、契約者の魂を頂きます。で、ですので……」
「契約を履行すれば、俺の命は無くなる。そうだろ?」
リリアが濁らせた語尾をライアンは他人事のように言い切る。リリアはたじろぎながらこくりと首肯で返した。
「売った」
「……え?」
「売ったぞ、俺の魂。『魂の契約』とやらを結んでくれ」
清々しい顔で己の魂を――命を売ると言い切ったライアン。その爽快さにリリアは戸惑ってしまう。
「あ、あの、魂ですよ、命ですよ? そんな簡単に売っていいのですか?」
「ああ、問題ない」
呆れた顔でリリアは固まってしまった。その様子を見てライアンは怪訝な顔をする。
「なんだ、悪いのか? 元はと言えば、お前が言い出したことだろう? お前の望み通り、『魂の契約』をしてやるんだから、もうちょっと喜べよ」
「それはそうですけど、ええと、『魂の契約』は、私でも途中で解約はできませんけど、それでも宜しいのですか?」
リリアは戸惑った顔で確認をする。
「ああ、問題ない」
ライアンから返ってきた答えはやはり同じだった。
「さぁ、やってくれ。こうしている間にも、魔獣たちが街へ行ってしまいかねない」
「え、ええと……。そうですね。『魂の契約』をしましょう……か……」
リリアの歯切れの悪さも意に介さず、ライアンは鷹揚に頷いた。
「あ、でも、願いは決まったのですか? 魂と引き換えに叶えたい願いは?」
「ああ、決まっている」
ライアンの眼が燦然と輝く。
「このリアンダール王国に迫り来る――『脅威』を打ち払い給え」
********************
一匹の狼の様な魔獣が、廃屋の破れた壁の前で立ち止まった。
小刻みに鼻を動かして、廃屋の中から漂う匂いに鼻を利かしている。やがてその鼻は目当ての匂いを感じ取った。狼の魔獣は雄叫びを上げる。
その雄叫びに誘われて、様々な魔獣がぞろぞろと廃屋の周りに集ってきた。雄叫びを上げた一頭が口火を切って廃屋の中へ侵入する。それを先頭にして集まってきた他の魔獣たちも一斉に突撃を開始した。唸り声を上げて涎を振りまきながら、なだれ込む魔獣たち。それは廃屋そのものを喰らいつくさんとする勢いだった。
だがそれらの魔獣の喧騒をかき消すように、突如して廃屋内に青白い閃光が迸った。
耳をつんざく轟音と共に、廃屋の内部で爆発が発生した。
その衝撃は凄まじく、中に居た魔獣たちの多くは光に灼かれて一瞬で灰燼と化し、かろうじて蒸発を免れた魔獣は壁を破りながら外へ吹き飛ばされた。
爆心には二つの人影があった。
剣を携えた若い騎士――ライアンと、黒衣の少女――リリア。
「す、すげぇ。これなら、これなら、いける! アイツ等を殲滅できる!」
拳を強く握りしめたライアンは興奮を抑えきれない様子だ。
「あ、あの」
「ん? なんだ?」
高揚しきったライアンに比べて、リリアの方は落ち着いている。
「あの、契約の注意事項なのですが」
「注意事項?」
「はい、一つは先ほども言いましたけど、この『魂の契約』は途中で解約はできないこと、もうひとつは、その、魂は『後払い』となっていることです」
後払い――その言葉にライアンは戸惑ったが、ややあって理解が追いついた。
「あぁ、願いが叶った後に、俺の魂を差し出すってことだな?」
「は、はい、そうなります」
「問題ない。むしろ有難いな。本当にエディンオル――リアンダールが無事だったかを確認できるんだ。助かるよ」
快活に語るライアンだったが、リリアの方はまだ何か言いたそうな顔をしている。
「なんだ? あぁ、そうか。注意事項ってのは、俺に逃げないでくれってことか。それなら心配ない。きっちり払ってやるから安心しな」
「あ、はい、それもあるんですが、もう一つ、わたしが言うのもなんですけど。その…………死なないで下さい」
予想外の言葉にライアンは固まってしまった。
「『魂の契約』は契約者が生きてこそ、その力が発揮されます。ですので、契約が履行、願い事が完遂するまでは、決して死なないで下さい」
そういうことか、とライアンは得心した。
「たしかに、『悪魔』のお前に死ぬなと言われるのは変な気分だな。分かったよ――この命この魂。お前に捧げるまでは、決して無くさないと約束しよう」
黎明に差し込む朝日のようにライアンは微笑んだ。
リリアは深々と頭を下げて「よろしくお願いします」と告げた。
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