《未来》好感度メーター上昇中Ⅲ

 静香先輩の目が点になる。

 あれ? そんなに変な質問だったかな? 


「静香先輩って、今、彼氏さんと同棲しているんですよね? だからアドバイスをいただきたくて」


「あー……。それなんだけど、価値観が合わなくて、別れちゃったの。だから、今は一人暮らしよ」


 え……。そうだったんだ。私は慌てて口を抑えた。


「ご、ごめなさい。私、まだ同棲が続いているものだと」


「ううん。気にしないで。全然引きずってないし。今は仕事が恋人みたいな感じかな」


 静香先輩は苦笑いを浮かべた。


「なるほど。由姫ちゃん、男の人に対する免疫ゼロだものね」


「ゼロってわけじゃ……。今まで男の人と接する時は大丈夫だったし……」


「でも、旦那さんと一緒にいると恥ずかしいと」


 静香先輩は私の様子を見てくすりと笑うと


「それは彼が特別だからでしょ。好きだから嫌われたくない。嫌われたくないから、自分の醜い部分を見せたくない。自分の中身を見せるのが恥ずかしい……ってところかしら」


 う……。図星だ。


 私が下唇を噛んでいると、静香先輩は子供に語り掛けるような優しい声で


「大丈夫よ。貴方のそれって、付き合い始めによくあるやつだから」


 と言った。


「え。そうなんですか?」


「うん。いきなり同棲することになったからだと思うわ。普通はもっとデートとかでお互いの事を知ってから同棲するし」


 なるほど。私がおかしいわけじゃなかったんだ。

 ちょっと安心した。


「あれ? でも、それって解決方法が無いってことじゃ……」


「解決法ねぇ……。まぁ、時間が解決してくれるとは思うけどね。一緒に住んでれば自然と慣れてくるし」


「じゃあ、それまで恥ずかしいままなんですね……」


 私がしゅんとしていると、静香先輩は少し考えこみ


「あ、そうだ。もしかしたら、これが参考になるかも」


 とスマホの画面を私に見せつけてきた。


 そこに映っていたのは可愛い女子高生が表紙の漫画だった。


「最近発売された、うちの編集部一押しのラブコメ漫画なの」


「あれ。静香先輩って、今は漫画担当なんですか?」


 静香先輩は大手出版社で働いている。前に担当していたのは、文芸系の小説だった気が……。


「私は広報課だから色んなジャンルの雑誌を取り扱っているの。この作品は私の担当の一つなの。タイトルは『大家の手違いで学園のマドンナと同棲することになった』」


「そんなことあるんですか? 初対面の男女がいきなり同棲って、ちょっと都合の良い設定な気が……」


「貴方、それブーメランよ」


「う……」


 たしかに。

 私は苦笑いを浮かべた。


「もしかして、私と境遇が似ているからですか?」


「うん。何か参考になるかもしれないわよ。キャラの心理描写が上手い作家だから」


 うーん。でも、フィクションと現実は違う気が……。


 だけど、静香先輩がおすすめするくらいだから、なにか参考になる事があるのかもしれない。


「わかりました。帰って読んでみます」


 私は帰り道、本屋に寄ってその作品を買ってみた。レジに持って行く時、少し恥ずかしかった。


 小説はたまに読むけど、漫画は殆ど読まない。正直、漫画は子供が読むものというイメージが強いからだ。


 だけど、最近は大人も漫画を読むようになったって、テレビで言ってたっけ。特にスマホで見れる漫画がブームだって。

 家に帰り、自分の部屋のベッドに座ると、漫画を開いた。


 ぺら ぺら


 …………あー。なるほど。そういう出会い方するんだ。


 …………ちょっとこの女の子、危機管理能力低くない? カーテン一枚だけで寝るなんて。


 ぺら ぺら ぺら


 …………この主人公、悪くないわね……。やるときはやるじゃない。


 …………え。学校でバレちゃうの!?


 ぺら ぺら ぺら ぺら


 …………こ、ここで終わり? 丁度面白くなり始めたところなのに……。


 気が付けば私は一気に読み終えていた。


 正直、こんなに面白いとは思わなかった。


  二巻。二巻はまだ出てないのかな。


 ネットで調べてみると、二巻が出るのは再来月らしい。

 でも、この作者、前の連載は全十巻のラブコメみたい。シチュエーションは全然違うけど、この作者ならきっと面白い作品だと思う。


 電子書籍で購入して読み始めた。うん。やっぱり面白い。

 その後、私がラブコメの沼に沈むまで、そう時間はかからなかった。




 ちなみに実生活の役には立たなかった。

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