《未来》はじめての手料理Ⅱ
「さみぃ……。腹減った」
ひゅうひゅうと寒風の吹く会社の帰り道。俺は白いため息を吐いた。
商談と社内打ち合わせのコンボで、ロクに昼食を食べる暇も無かった。だから腹がペコペコだ。
由姫は何をしているだろうか? 遅くなるから先にご飯を食べていてくれってメールを送ったが、既読が付かない。携帯を見ていないのだろうか?
俺は早歩きで自宅へと帰り、家の鍵を開けた。
「ん?」
扉を開けた途端、美味しそうな匂いが鼻をくすぐった。
甘醤油と肉の香り……。これは肉じゃがだろうか?
「あ、おかえりなさい。ちょうど良かった」
お玉を持った由姫がひょこっと顔を出した。
「もしかして、夕食を作ってくれたのか?」
「うん。他にやる事も無かったから」
由姫は俺のコートを受け取ると、それをコート掛けに置きにいった。
「手料理……」
料理を作って待っていてくれたということに、俺は目頭が熱くなった。
居間の小さいテーブルに、たくさんの料理が置かれてれていた。
肉じゃがだけではない。他にもラップに包まれたサーモンのムニエル、チキン南蛮、コールスローに焼き餃子……。
「すごい量だな……。こんなに食べられるか……」
「あ、ぜ、全部食べなくていいわよ? その……貴方の好きな料理が分からなかったから」
指をもじもじさせながら、由姫は眉を垂らして言った。
「それに、残った分は明日食べればいいし」
「たしかにそうだな。でも、悩むな。どれも美味そうだし」
匂いで分かる。どの料理も絶対に美味しいやつだ。
「ごはんはこれくらいで大丈夫?」
「あぁ、足りなかったらおかわりするから」
炊き立てのご飯をよそってもらい、由姫が席に着くのを待つ。
いただきますと言い、まず近くにあった肉じゃがを口に放り込んだ。
肉汁のしみ込んだホクホクのじゃがいも。玉ねぎの甘味にしっかりとした白出汁の旨味。
由姫は母親がポーランド人と言っていたから、何かアレンジをしていたりするのかと思ったが、意外にもしっかりとした日本の味だった。
「うん。凄く美味い」
「そ、そう? 良かった」
初めは緊張していた由姫だったが、俺が美味しいと言うたびに、少しずつ頬を緩ませていった。
「食べないのか? あったかいうちに食べたほうが」
「あ……た、食べる」
ずっと俺を見て、ご飯に手をつけなかった彼女は慌ててご飯を食べ始めた。
「ご馳走様。お腹いっぱいだ」
お世辞抜きで本当に美味しかった。どの料理もその辺の定食屋よりも美味しいと思うほどだ。
「これが毎日食べられるようになるのか……」
やばい。
「結婚なんて人生の墓場だろ」みたいに思っていた時期も俺にはあったが、こうして幸せを感じると「結婚はいいぞ」に鞍替えしたくなる。ちょろいな俺。
昔の彼女の手料理は何度か食べたことはあったが、嫁の手料理というのはまた違う感じがする。
「そんなに喜ぶなら、明日も作ってあげるけど。なにか食べたいものとかある?」
由姫は頬をかきながら、おずおずと訊ねてきた。
「そうだな……。でも、明日は今日の残った分を食べるんじゃないか?」
「あ…………そ、そうだったわね」
張り切りが空回りしたのが恥ずかしかったのか、由姫は俯きながら赤面していた。
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