第24話 初デート(デートではない)

 約束の日の朝。


「こんなもんかな」


 洗面台で眉を整えた俺は色んな角度から自分の顔を眺めていた。

 もうかれこれ三十分は鏡とにらめっこをしている。

 今日は人生で初めて、女子高生の由姫とデートに行くのだから、張り切るのも当然だ。


「髪もワックスでセットするか? だけど、張り切ってるみたいで引かれるかも……ん?」


 後ろから気配がし、振り向くと、そこにはにやにやした表情の母さんがいた。


「その張り切り様……女の子とデートしに行くのね」


 キッショ。なんでわかるんだよ。


「彼女じゃないし、遊びに行くだけだよ」


「照れなくていいのよ。そうよね。もう高校生になるのよね。知らない間にこんなに大きくなって……。母さん感激だわ」


「………………………………」


 昔の俺なら、「うるせークソババア」と怒鳴るところだが、今は大人だ。


 ここは大人っぽく、平常心で対応しよう。


「だからただの女友達だって」


「あ。エッチなことを考えたりしちゃダメよ。女の子はそういうのに敏感なんだから。はじめは警戒心を解くところから始め……」


「うるせー、クソババア」



 待ち合わせ場所に指定した、渋奈駅のブチ公前。

 ここは二〇〇九年でもにぎわっていた。


 未来では渋奈は、社会人の街、外国人の街というイメージだが、この時代は若者の街だ。流行の最先端と言えばこの街と言いたげに、ヴィジュアル系の若者が闊歩する。


 三十分前に到着した俺は、その光景を懐かしみながら由姫を待った。


「お。来た来た」


 集合時間十分前くらいだろうか。駅の出口から、由姫が出てきた。


 周りの若者たちの視線を浴びながら、彼女はゆっくりとした歩幅でこちらへと歩いてくる。


「早いのね」


「楽しみだったからな」


 これが高校生の由姫の私服か。

 ユニセックスのような服装だ。薄桃色のシャツに黒の上着を羽織っている。下はスカートではなく、女性用のジーンズ。頭には黒い帽子を被っていた。


 身長は百六十センチに満たない小柄な彼女だが、足が長いためスタイルが良く感じられた。

 恐らくすべてブランドものだと思うが、由姫が着ると不思議と高そうな服に見えなくなる。


 なんというか、由姫の体が高級品のようなものなので、彼女が身にまとっているものが相対的に安物に見えてしまうのだ。

 日の光の反射のせいだろうか。彼女の周りをキラキラとした小さな光の粒が待っているように見えた。


「なに? なにか文句ある?」


 俺がまじまじ見ていると、由姫が目を細めて訊ねてきた。


「いや、有栖川の私服って、こんな感じなんだなと思って」


「似合ってないって言いたいの?」


「違う違う! すげー似合ってる!」


「そう。ならいいわ」


 由姫は横髪をいじりながら、ぼそりと呟いた。


「…………………………」


「なに? 急に黙り込んで」


「いや、俺の私服に何かコメントしてくれないのかなと思って」


「コメント?」


 由姫は俺を服装を上から下まで見ると


「普通」


 と平坦な口調で言った。


「いつもの二倍イケメンとか無い?」


「ゼロに何を掛けてもゼロ」


 手厳しい。俺は苦笑いを浮かべた。


 俺のルックスは中の上くらいはあると自負しているが、由姫と比べると、月とスッポンなんだろうなぁ。


「それで、映画の上映時間は何時からなの?」


「十四時から」


「十四時? 一時間近くあるじゃない。集合時間をもう少し遅くしても良かったんじゃ……」


「まぁ、電車が遅れたりとか不測の事態に備えてだな。映画館はすぐそこだし、ショッピングでも楽しみながら、待とうぜ」


 時間を早く指定したのはわざとだ。由姫のことだ。映画を見終わったらさっさと帰ってしまうかもしれない。


 だから、映画の前に少しの自由時間を設けた。


「ここからだと西部百貨店が一番近いかな」


「ちょっと待って。先に幾つか決めごとをしたいんだけど」


「決めごと?」


 振り返った俺の前で、由姫は指を三本立てた。


「一つ、デートって言葉を使わないこと。念を押すけど、私と貴方はただの友達だから」


「二つ、私と遊んだことを誰にも言いふらさないこと。学校で変な噂が立つのは絶対に嫌」


「三つ、どこに行くかは貴方に任せるけど……へ、変なところに連れていかないこと」


「変なところ?」


 俺が首を傾げていると、由姫は視線を逸らしながら


「この前のら……ラブホテルみたいなところ」


 と呟いた。


 行かねぇよ!


「ちょっと警戒しすぎじゃないか? ちょっとは信じてくれよ」


「どうだか。男は皆オオカミだって聞くし」


 それはそうだけど。俺は苦笑いを浮かべた。


 由姫のガードが堅い理由。それは、女好きの兄を身近で見て来たからっていうのもあるのだろう。


 おかげでタイムリープ前は二十代中盤まで恋愛経験ゼロだったんだろうけどさ。


「わかった。その三つは守るよ」


「ん。よろしい」


 由姫は横髪をいじりながら、そう呟いた。

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