第25話 ショッピング


 西部百貨店は休日ということもあり、賑わっていた。


「そういや、有栖川ってお小遣いはどれくらいなんだ?」


「一応、一か月に一万円。だけど、殆ど貯金しているわ。使い道無いし」


 一万円か。高校生としては平均より多い気もするが、社長令嬢としては庶民的な金額だ。


「そういう貴方はいくらなの?」


「俺もそれくらいだよ。あとはたまに内職したりしてるけど」


「内職? シール貼りとか?」


 有栖川の内職のイメージってそんな感じなんだ。


「まぁ、PCを使った簡単なやつだよ」


 俺は適当にはぐらかした。

 内職と言うのは株取引だ。

 高校生は社会人時代と比べると圧倒的に金が無い。なので、親父の口座を一つ貸して貰い、株で小遣い稼ぎをさせて貰っている。


 今日の俺の財布にも、十万円以上のキャッシュが入っている。

 高校生時代の由姫の金銭感覚が分からなかったので、念のためだ。


 ディナーの予定は無いが、万が一高級レストランに行くことになったりして、お金がありませんでは格好がつかない。

 まぁ、その心配は杞憂だったな。彼女の金銭感覚は普通の高校生とそう変わらないようだし。


「そういえば、GWが終わったら衣替えだな」


 服売り場に並び始めた夏服を見ながら、俺はぽつりと言った。


「そうね。私はもう用意しているわ」


 由姫の夏服か。早く見てみたい。冬服では黒タイツを着ているし、今日もズボンなので、俺はまだ高校時代の由姫の生足を見ていない。


 未来で由姫の体で好きなところと聞かれたら、生足と答えるくらい、彼女の足は素晴らしい。


 白くシミやホクロが全然ないすべすべの足。彼女と会うまで俺は女性の足にそれほど興味は無かったのだが、由姫の生足を見てからすっかり脚フェチになってしまった。


「私は服は買わないわよ。先週買いに行ったばかりだから」


「もしかして、その服も買ったばかり?」


「そうだけど……っ! あ、いや、これは去年買ったやつだったわ」


 あー。これは、買ったばかりの服だな。由姫の反応を見て、そう思った。

 由姫が嘘をついたのは、『今日のデートを意識して、新しい服を買った』というのをバレたくなかったからだろう。


 そっか。一応、新しい服を買うくらいには、俺のことを意識してくれてはいるのか。ちょっと嬉しい。


「俺も服は良いかな。どっちかというと、こっちを見たい」


「こっち?」


 俺が向かったのはメンズ、レディースどちら用も取り扱っている小物品売り場だった。

 メインはアクセサリーや香水。

 値段も安くはない。高校生向けではなく、社会人をターゲットにした店だ。


「貴方、香水とか付けるの?」


「エチケット的にほんの少しだけな」


「それって、校則的にどうなの?」


「強い匂いのするもの以外はOKらしい。オーデコロンなら大丈夫だろ」


「オーデ……? なにそれ。香水のメーカー?」


「香水の中に含まれる香料の割合ごとの種類だな。パルファム、オードパルファム、オードトワレ、オーデコロンがあって、オーデコロンは一番薄い香水」


「そうなんだ。なんでそんなのに詳しいの?」


「それは……」


 未来のお前に教えてもらった……なんて言えるわけないよな。


「母さんが香水マニアで、その受けうりだよ」


 と、適当に嘘をつくことにした。


「ということで、選んでくれ」


「はぁ? なんで私が選ぶのよ」


「だって、生徒会で一番席が近いの、お前だし。お前が一番俺のにおいをかぐ機会が多いんだから、合理的判断だろ?」


「においを嗅ぐって言うな! その言い方だと、私が頻繁に貴方のにおいを嗅いでるへ、変態みたいじゃない!」


 耳を赤くしながら、由姫は不服そうな顔で叫んだ。

 ちなみに、未来のお前は頻繁に俺のにおいを嗅いでいたぞ。匂いフェチなのか?と訊ねると、「こうするとなんか落ち着く」と言ってたっけ。


「一番いいのを頼む」


「一番いいのって……」


 面倒くさそうに香水を見ていた由姫だったが、何かを見つけたのか


「本当に一番いいので良いのね?」


 と小悪魔な笑みを浮かべながら、確認してきた。


「あぁ」


「じゃあこれ」


 由姫が指さしたのは、七万円する超高級ブランドの香水の値札だった。恐らく、メンズ用だと一番高いやつだろう。


「え。本当にこれでいいのか?」


「うん。良い匂いだし。これが一番だと思うわ」


 ふむ。俺は財布の残金を確認すると


「よし。じゃあ、それにするか」


「え」


 迷わず値札を持って、カウンターに向かおうとした俺に、由姫は驚愕の表情を浮かべた。


「値段ちゃんと見た!? 七万円よ!?」


「半年分のお小遣いだな。でも、有栖川の為なら……」


「覚悟決まりすぎでしょ。あぁもう。ちゃんと選ぶから、それをよこしなさい!」


 さすがに良心が痛んだのか、由姫は慌てて俺の手から札を取り上げると、元の場所に戻した。


「………………これが良いと思う」


 その後由姫が選んだのは、三千円ほどのシャボン石鹸の優しい匂いのする香水だった。


「おぉ。たしかに良いなこれ」


「でしょ」


 俺は会計を済ませると


「じゃあ、次は有栖川の分だな」


「え。わ、私?」


 由姫は少し驚いた顔をすると


「私は要らないわ」


 と首を横に振った。


「でも、もうすぐ夏だぞ? あったほうがいいんじゃないか?」


「っ……」


 由姫はぎょっとした顔をする。

 北欧の血が混じっている由姫は、暑さに弱く、汗をかきやすい体質だ。


 別に臭いわけではないのだが、彼女はそれをコンプレックスに思っており、デートの時は頻繁にトイレに行って、汗拭きシートを使っていた。


 ちなみに、香水に汗のにおいを消すような消臭効果が無いのは、秘密だ。


 由姫は不安そうな表情で、きゅっと服の裾を掴むと


「もしかして、私、臭かったりする……?」


「いや、全然。むしろ良い匂いだ。毎日嗅ぎたいくらい」


「………………。今度、生徒会長に席を変わって貰うよう頼むわ」


 やめて。セクハラで左遷されちゃう。


「今買っておいて、後々必要になった時に使うってのでいいんじゃないか?」


「たしかに……それもそうね」


 俺はレディース用の香水を見て回り


「これとかどうだ?」


 と、薄いピンク色の丸い香水のサンプルを手に取った。

マグノリアの香りがベースの匂いのきつくない香水だ。


「あ。確かに良い匂い」


 気に入ったのか、由姫は何度もくんくんと嗅いでいた。

 彼女が気に入るのは当たり前だ。


 だって、これは未来の由姫が気に入っていた香水なのだから。


「じゃあ、それを買うか?」


「ち、ちょっと待って。他のも試してみたいから」


 他にも幾つか香水を嗅いでいたが、俺の選んだものより良いのは無かったのか、結局俺の選んだ香水を買っていた。

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