《未来》はじめての手料理Ⅰ

【注意】この話は『《未来》有栖川由姫との出会い』の後日談になります。



 私、有栖川由姫……じゃなかった。鈴原由姫は居間のソファで天井を仰いだ。


 昨日、二十年以上住んでいた実家を離れ、このマンションに引っ越してきた。

 これからここが自分の家になる。生まれてからずっと自宅で暮らしていた私にとっては、変な感じだ。


「暇だな……」


 正修さんは外せない商談があるとのことで、仕事に行ってしまった。

 なので、今日は夕方まで私一人だけだ。


 家事をしようと思ったが、洗濯は既に朝にやってしまった。部屋の掃除をしようかと思ったが、床も机もピカピカだった。

 ソファの隙間に指を這わせても、ホコリ一つつかない。

 おそらく正修さんが事前に掃除したのだろう。

 テレビを見てダラダラ過ごそうか……。でも、それは仕事を頑張っている正修さんに申し訳ない。


「専業主婦って、何をしているんだろ……」


 先月まで、まさか自分が専業主婦になるなんて思わなかった。だから、専業主婦が普段何をしているのか知らない。


「正修さんに何か仕事を分けてもらうよう頼んでみようかな……」


 業種は同じだし、私でも何か手伝えることがあるかもしれない。

 ただ、彼は社長。私は一般社員。逆に迷惑になったりしないかな……。


「……………………………………」


 あれ。なんで私、こんなに弱気なんだろう。昔はもっと自信があったはずなのに。


 私は天井を見上げてため息を吐いた。


 いつからだろう。自分に自信が持てなくなったのは。

 学生時代は兄さんに何一つ勝てなくて。

 社会人になってからは、会社の仕事をいくら頑張ろうとしても、社長令嬢という身分が邪魔をし、簡単な仕事しか割り振られなかった。


 でも、これからは違う。父さんの束縛ももう無く、兄さんは米国だ。

 今までの自分は捨て去って、新しい人生を歩むチャンスだと考えればいい。


「よし!」


 私はパンと頬を叩き、弱気な自分を追い出した。

 心機一転、生まれ変わった気持ちで頑張ろう。

 新しい自分になったら、まずやりたいことがある。

 それは彼への恩返しだ。そのためには――


「正修さんに結婚してよかったと思って貰えるような女性になりたいな……」


 君を助けて良かった、君と結婚して正解だったって思ってほしい。

 彼に認められたい。

 褒められたい。

 それが私の今の本当の気持ちだ。


「昔の私じゃ考えられない目標ね……」


 でも、それでいい。もう昔の私とはさよならなのだから。


「目標は明確になったわね。なら、次はそれを達成するために何をすべきか……」


『はい! 今日はですね。真鯛とトマトとアボガドのマリネを作っていきたいと思います』


 私が考え込んでいると、つけっぱなしだったテレビで料理番組が始まった。


 料理……そうだ! 料理だ!


 私はソファから起き上がると、時間を確認する。十五時過ぎ。今から買い物に行けば、丁度夕食を作ることが出来るのではないだろうか。


 帰ってきた彼に、料理を振る舞おう。母さんが亡くなってから、ずっと自炊を続けてきたから、料理には自信がある。

 とはいえ、自分以外の人に食べて貰うのは久しぶりだな……。父さんは殆ど外食ばかりだし。


「大丈夫! 自分に自信を持とう。頑張れ私」


 私はコートを羽織ると、マンションを出た。

 マンションから歩いて三分ほどのところに小さなスーパーがある。今日はそこで材料を買う事にした。

 しかし、買い物かごを手に取ったところで私は足を止めた。


「正修さん、どんな料理が好きなんだろ……」


 彼の好きな料理が何か分からない。

 電話で聞く? でも、今は仕事中だろうし、そんなことで電話してきたのか?って呆れられるかも……。


 それに、どうせならサプライズ的な感じで驚かせたい。

 男の人が好きな料理ってなんだろう。カレーとか? でも、カレーって子供っぽいかな。

 彼に初めて食べさせる料理だ……。絶対に失敗したくない。美味しいって思って欲しい。


「そうだ!」


 好きな料理が分からないなら、沢山料理を作ってしまえばいい。

 沢山作れば好みの料理が一つはあるだろう。

 残った料理は冷蔵庫に入れて、明日以降に食べればいい。


「よし! がんばろう」


 私は小さく拳をきゅっと握り、買い物かごにありったけの食材を詰め始めた。

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