第50話 青春の味

 由姫の様子がおかしい。

 それに気づいたのは、学年集会が終わった後の昼休みだった。


 あぁいうのは、なにか隠しごとをしている時だ。昔、俺の誕生日にサプライズをしてくれた時、あんな感じだった。


「っーーーー!」


 由姫は弁当箱を手に持つと、教室を飛び出していった。


 外で食べるつもりなのだろうか? いつもは一人で教室で弁当を食べるのに、妙だな。もしかして、誰かと一緒に食べる約束をしていたりするのだろうか?


 帰ってきたら聞いてみよう。そう思いながら、食堂へ行こうとしていると、ポケットに入れていた携帯が振動した。


 由姫からのメールだった。


『いますぐ生徒会室に来て』とだけ書かれている。


 生徒会室? なんで昼休みに?


『食堂で飯食ってからでもいいか?』と送ると


『駄目。先に来て』とすぐ返ってきた。


 一体何なんだ? 今日は日替わり定食がチキン南蛮なので、楽しみにしていたのに。


 生徒会室のドアを開くと、そこには机に背を預けた由姫が立っていた。


「ん」


 由姫は俺が入ってきたのを確認すると、説明も無しに、弁当袋を突き付けてきた。


「なにこれ?」


「わ、若葉祭で色々と助けてくれたお礼」


「お礼?」


「前に一緒に買い物に行った時、言ってたでしょ。か、可愛い女の子の手料理が食べてみたいって」


 え!? マジで!?

 目の前に出された弁当袋が急に黄金色に光りだしたように見えた。


「言っとくけど、あくまでお礼ってだけだから。誰にも言いふらしたりしないで……って、なに泣いてるの!?」


「いや、感動して」


「そんなに!?」


 だって、由姫の手料理はもう半年近く食べられてないんだ。


「そこまで喜ばれると、なんか怖いんだけど」


 由姫から受け取った弁当箱の包みを解く。


 そして、小さな弁当箱を開けると、卵焼き、ほうれん草のお浸し。ミニハンバーグ。定番のおかずがみっちりと詰められていた。


「有栖川も食べないのか?」


「え。あ、あぁ、食べるけど」


 由姫は自分の弁当の包みも開かず、髪をいじりながらじっと俺を見ていた。


 あれは緊張しているときの仕草だ。

 料理が美味しいか不安なのだろうか。


 彼女の料理の腕が確かなことを俺は知っている。俺はまず卵焼きを口に入れた。


「…………………………」


 あれ?


 思っていたのと少し違う。

 卵焼きは焼きすぎで固すぎる。次に食べてみたホウレン草のお浸しも茹で時間が少なすぎるのか、苦みが残っている。


 味付けは一緒なのだが、どれも未来のものに比べて劣っている。


 美味しいかまずいかで言えば、美味しいのだが、イメージをやや下回っているというか。


 つまり、由姫の家事スキルはこれから成長していくわけか。


「ど、どう?」


「青春の味がする」


「なにそれ。褒めてんの? けなしてんの?」


 由姫は眉をひそめながら、自分の弁当を口にしていた。


「あー。ご馳走様」


 男子高校生にとっては物足りない量だが、仕方ない。男子高校生がどれくらい食べるのかも知らないのだろう。


「じゃあ、これで貸し借り無しね」


「えー。あと300食は食べたい」


「何さらっと一年分を食事を要求してるの。一食でチャラよチャラ」


 由姫はため息を吐いた後、奇麗に食べきった俺の弁当箱をちらりと見ると


「ま、まぁ、貴方毎食学食みたいだし、たまに作りすぎた時は、持って来てあげてもいいけど」


 とぼそりと言った。


 由姫が食べ終えるまで、俺が待っていると


「ねぇ、貴方って人の心が読めたりするの?」


 と由姫が訊ねてきた。


「なんだ、藪から棒に」


「貴方、たまに妙に鋭い時があるから。テストの成績が良いのもそれなら説明つくし」


「カンニングを疑ってんのか?」


 内心俺は焦っていた。俺の察しの良さは未来の彼女を知っているからだ。


 タイムリープをしたことはバレていないだろうが、こんな質問をしてくるということは、彼女なりに違和感を感じているからだろう。


 由姫は椅子を回転させ、俺の方を向くと


「試しに私が今、何を考えているか当ててみて」


 と目を閉じて言った。


「んな無茶な……」


 俺は由姫の方を向くと、頬をぽりぽりと掻きながら


「えっと、『喉が渇いた』とか」


「ハズレ。少しも合ってない」


「だから俺は超能力者なんかじゃないって。期待に応えられなくて悪かったな」


「別にいい。それはそれで安心するから。頭の中を覗き見なんてされるなんて、絶対に嫌だもの」


 満足したのか、由姫は弁当袋を包み始めた。


「それで? 実際は何を考えていたんだ?」


「それは……」


 何故か由姫の顔が真っ赤に染まる。


「な、なんでもいいでしょ!」


「?」


 何故怒る。やっぱり、未来の由姫とは違うところが沢山あるなぁ。


 まぁいい。それを知っていくのも二度目の青春の楽しみだ。


 だって、俺だけが知っている彼女も、俺の知らない彼女も両方知りたいのだから。



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 第一部、入学編 完


《予告》

 しばらくお休みをいただきまして、1月4日から、 第二部、一学期 後期編 がはじまります。


 また、おまけ話を年末に3話ほど投入予定。


 休学していた最後の生徒会役員がついに登場。

 恋心を自覚し始めた由姫と正修の関係の変化。

 そして、タイムリープ前の甘々な新婚夫婦の日常。

 

 誠意制作中です。 お楽しみに!


*書籍も1/15頃にGA文庫様から発売予定です! よろしくお願いします!

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