第49話 有栖川由姫の悶々
若葉祭の夜。
私、有栖川由姫は湯船に浸かりながら、天井を眺めていた。
まだ興奮が治まらない。心臓がバクバクいって、体中が熱い。ぬるい温度のはずなのに。
「私、本当に兄さんに勝ったんだ」
私だけの力じゃないことは分かっている。それでも、兄さんに勝ったのは生まれて初めてのことだ。
皆に褒められたの……。嬉しかったな……。
だけど、一番嬉しかったのは、アイツが「私の勝ち」って言ってくれた時だ。
「っーーーーーーーー!」
私は自分がやってしまったことを思い出す。
そうだ。私、アイツの前でわんわん泣いてしまったんだった。
「わー! わー! 忘れろ! 忘れろ!」
頭をぽかぽか叩いて、恥ずかしい記憶を消そうとする。
しかし、そんなこと上手くいくはずもなく、アイツの顔が頭から消えてくれない。
子供みたいに泣きわめいてしまって……。明日からどんな顔でアイツと会えばいいの。
「というか、一体何なの、アイツ……」
普段はアホっぽい言動をするくせに、妙なところで気が利くし。
年上相手に全然怯まないし。
ガキっぽいと思ったら、急に大人みたいな余裕を見せるし。
あんな男子、今まで会ったことがない。
そういえば、アイツ、私が泣いている時、抱きしめてきたのよね。アイツは泣いてるのを誰にも見せないようにとか言ってたけど、周りからは私から抱き着いたみたいに見えていたんじゃないだろうか。
「………………………………」
男の人に抱きしめられるなんて、初めてだ。すごく安心して、なんだか頭の中がぶわぁと温かくなる気分だった。
テレビで女の人が恋人とハグすると安心するって言ってたけど、こんな気分のことなのだろうか。
「恋人……」
アイツは私のことを好きって言っていた。じゃあ、私はどうだろう。
私は恋をしたことが無い。だから、今の私の気持ちが恋なのか、確かめる術はない。
試しに私はアイツと恋人になった未来を想像してみた。
休みの日に二人でデートをしたり。
手を繋いで一緒に帰ってみたり。
キスとか、それ以上のことをしてみたり。
「っーーーーーーーー!」
私は立ち上がり、湯船から出た。
やっぱり無理! そんなの恥ずかしすぎる! 鏡を見ると私の顔は茹でダコのように赤くなっていた。頭もくらくらする。
長い時間、湯船に浸かりすぎたのかもしれない。風呂から出てパジャマに着替えると、私は自分の部屋の布団に飛び込んだ。
そうだ。ドライヤーで頭を乾かさなきゃ。そう思ったけど、中々体が動かない。
お風呂から出た途端、今日の疲労がどっと襲ってきた。
「何か……お礼した方がいいかな……」
アイツは私の為にあれだけ頑張ってくれた。
何もお返しをしないというのは、私のプライドが許さない。
とはいえ、お返しって何をすればいいんだろう。
物? でも、男の子が何を貰って喜ぶかなんてわからない。
そうだ。メールで何か欲しいものがないか、聞いてみよう。
私は机の上に置いてある携帯を手に取ると、慣れないメールを打ち始めた。
「…………うーん。これだとちょっと固すぎ?」
何度も書いては消してを繰り返す。あれ。メールってこんなに書くの難しかったっけ。
「くしゅん!」
体が冷えてしまった。そういえば、頭乾かすの忘れてた。時計を見ると、いつのまにか三十分近くメールを書いていた。
『若葉祭。色々とサポートしてくれてありがと。お礼をしたいんだけど、何が欲しいものとかある?』
よし。これでどうだろう。
送信ボタンを押す前に、もう一度声に出してメールを読んでみる。
「……………………………………」
駄目! 私は戻るボタンで後半の文章を削除した。
アイツのことだ。絶対変な頼みごとをしてくる! えっちなこととか!
とりあえず、メールではお礼だけ言っておいて、欲しい物は後で考えよう。
送信ボタンを押して、私はもう一度仰向けでベッドに転がって天井を仰いだ。
「欲しい物か……………………あ」
思い出した。
そういえば、アイツ、前に一緒に買い物に行った時言ってたっけ。
「たしかに欲しいって言ってたけど……あれは…………うぅ……」
私は布団をかぶって、悶々とする。
その日は全然眠ることが出来なかった。
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