第48話 舞台裏

「いったいどんな手を使った!?」


 祭りの片づけが始まった頃、俺は優馬に校舎裏に呼び出された。

 優馬は俺を見るやいなや、胸倉を掴みかかってきた。


「なんで、自治会のやつらがあんなに協力的なんだ? たしか自治会の会長は五十嵐とかいうクソ親父だろ。あいつとの関係修復は絶対に無理だと思ったぞ」


「それだけ詳しいってことは、先輩も俺達と同じようなことをしようとしたんですね」


「っ……」


 図星だったのか、優馬の歯がぎりっと音を立てた。


 自治会との関係修復。もしそれを成せればOB会からも多大な評価を貰える。

 だが優馬には無理だった。


「由姫が説得したんですよ。それ以上でもそれ以下でもありませんよ」


「由姫が……? お前じゃなく由姫がか……? う、嘘をつくんじゃねぇ!」


 今の優馬には前のようなカリスマはもう無かった。自分の思った通りにならなくて癇癪を起しているただの子供にしか見えなかった。


 由姫と自治会とのやり取りを教えると優馬は


「なんだそりゃ……」


 と言い、俺の胸倉から手を離した。


「迷子の子供を助けた? そのガキの祖母が自治会の元会長だった? ふざけんな。ただ運が良かっただけじゃねぇか」


「あぁ、そうですね。運が良かった」


 そう。運が良かった。だけど、それだけじゃない。


「だけど、先輩が同じ立場だったらどうですか? 由姫と同じことをしましたか?」


「っ………………」


 優馬は無言で唇を噛み締めた。


「会長の孫だとわかっていたら助けたかもしれませんね。しかし、あの時点で彼女はただの迷子の子供だった。先輩ならきっと見捨てたでしょう」


 曲がったネクタイを直しながら、俺は淡々と事実を吐き捨てる。


「結局のところ、先輩が自分と違うと吐き捨てた、由姫の甘さが、優しさが、先輩に勝てるたった一つの手段だったってわけです」


「…………………………」


 ガッと優馬は左拳で校舎の外壁を殴った。冷静になるために怒りをぶつけたかったのだろう。彼は深呼吸をすると


「自治会の件は褒めてやる。だが、今回の勝負は『どっちの若葉祭が優れていたか』だ」


「……………………」


 たしかに。

 由姫が成し遂げた功績は大きいが、それのお陰で去年の若葉祭を超えるものになったかと言われると微妙だ。


「……とはいえ、それで勝ったって言えるほど、俺の面は厚くねぇ」


「じゃあ、どうします?」


「引き分けでいいだろ」


「仕方ないですね。引き分けにしてあげます」


「なんで上から目線なんだよ」


 優馬は苦笑いを浮かべると


「ちなみに、もし俺に勝ったら、何を命令しようとしていたんだ?」


「そうですね。あれだけ盛大な人生計画を聞かされたんで、それを阻止してやろうと思いました」


 俺はポケットに手を入れながら、邪悪な笑みを浮かべる。


「例えば、アメリカに行くのをやめて、父親の会社。アリスコアを継ぐ……とか」


「性格悪いな、お前」


 本当は若葉祭に勝って、優馬にアリスコアを継ぐという条件を飲ませたかったのだが、そこまで上手くはいかなかったな。


 仕方ない。アリスコアの経営悪化は、別の手段で防ぐことにしよう。


「それじゃあ、片付けにいかないとなので、俺はこれで」


「ちょっと待て」


 去ろうとした俺を優馬が引き留めた。


「なぁ、由姫じゃなく俺に付かないか? 卒業まであと半年、お前のような腹心がいると、俺も気が楽だ」


「俺が首を縦に振ると思いますか?」


「お前、由姫に惚れてるんだよな」


「……………………………………」


 返答をしない俺に、優馬はそれを肯定とみなしたのか、俺の肩をぽんと叩くと


「可愛い女なら俺が用意してやる。由姫より可愛くて、ヤレる子をな」


 と、にやけ面でささやいてきた。


 本当にコイツは……。性格の悪さは父親に似たんだろうな。


 俺は苦笑いを浮かべると


「それは魅力的な提案ですね」


「だろ」


「ただ、それは実現不可能ですよ。由姫より可愛い女なんていませんから」


「なんで断言できる? 探せばいると思うぜ。高校生になりたてのお前は、世の中の広さを知……」


「知ってますよ」


 俺は優馬の大きい手を払いのけると、暗くなってきた空を見上げながら言った。


「由姫より可愛い女性はいませんよ。とりあえず、これから十五年ほどは」

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