第47話 決着
「すげぇ! 滅茶苦茶うめぇぞ!」
「さすが本場の屋台は違うな。店の人ら、OBなのかな?」
「さっき聞いて来たけど、自治会の人達だってよ。今年から毎年、若葉祭に店出してくれるそうだぜ」
サプライズのアナウンスから五分。屋台には大行列が出来ていた。
昼の屋台は所詮、学生が見よう見まねで作った料理ばかりだ。大人が整った設備で作るものとは比べ物にならない。
氷水でキンキンに引けたジュース。アツアツのたこ焼きに焼きそば。それが飛ぶように売れていく。時間的にちょうど腹も空いた頃だ。喰い盛りの学生にとって、祭りの屋台ほどテンションの上がるものはない。
さすがに急だったので、集まった自治会のメンバーは二十人ほどだったが、全員が快く引き受けてくれた。
「ほら、マヨネーズと青のりたっぷり焼きそばおまち! いっぱい喰いな!」
あれだけごねていた五十嵐のおっさんも、楽しそうに焼きそばを焼いている。頑固おやじ気質なだけで、普段は子供好きの良いおっさんなのかもしれない。
「ほぅ……。たしかここ数年、自治会とは仲が悪かったはずだが」
重富は興味深そうに顎髭をいじりながら、ぎょろりと目を動かした。
「君の手腕かね? 生徒会長」
「いえ、私ではありません」
会長はふるふると首を横に振ると、由姫の背をぽんと叩いて、重富の前に押し出した。
「すべて彼女のお陰です。可愛くて、優秀な後輩なんですよ」
「ほう。君が……」
重富は由姫とじっと見る。
「どうやって自治会との仲を取り持ったんだい?」
「誠意を込めてお願いに行きました。それが一番かと思いまして」
「なるほど。ずいぶんとまっすぐな子だね」
重富の目の色が変わったのが分かった。今まで優馬の妹してみていたのが、今はただの有栖川由姫として、彼女を見ているのが分かった。
「そういえば、名前を聞いてなかったね」
「有栖川……由姫です」
「有栖川由姫さんだね」
重富は帽子を取ると、彼女と握手をした。
「有栖川由姫さん。この学園のOBとして、お礼を言わせて欲しい。ありがとう」
「は、はい」
重富は帽子を被りなおすと、くるりと振り返り
「さて、私もOB代表として、自治会の方々に挨拶をしたいのだが……」
「現会長の五十嵐さんはあちらで焼きそばを焼いています。仲裁を取り持っていただいた藤宮さんでしたら、あちらの屋台の裏で指揮を執っているかと」
「そうか。それじゃあ、その二人に挨拶に行ってこようかね」
「ご一緒します」
会長は五十嵐と一緒に屋上から出て行こうとしたが、途中で足を止めると、優馬のほうへ
「優馬先輩もご一緒にどうですか? 最後の若葉祭を楽しんでいただきたいですし」
「あ、あぁ……」
会長は呆然としている優馬の背を押して、一緒に屋上を出て行った。
ちらりと俺の方を振り向いてウインクをしたので、彼女なりに俺達に気をつかってくれたのだろう。
屋上に俺と由姫だけが残され、静寂が訪れた。
由姫は
「ねぇ、私、勝ったのかな……」
とぽつりと言った。
「重富さんの反応を見ただろ。お前は五年も続いていた、自治会とのわだかまりを解消したんだ。それは、あいつにはできなかったことだろ」
俺はポンと由姫の肩を叩いて彼女に言い聞かせた。
きっと彼女はこの言葉を聞きたくて、今までずっと頑張ってきたのだから。
「正真正銘、お前の勝ちだよ」
「……………………」
由姫はしばらくの間、呆然としたあと
「ひっく……」
ぽろぽろと大粒の涙がこぼれだした。
それからしばらくの間、彼女は静かに泣き続けた。
これが悲しみの涙ではなく、嬉し泣きであることを俺は知っている。
そんな彼女の姿が誰にも見えないように、俺は彼女を腕で包み込むように、胸を貸してやった。彼女の涙がカッターシャツに染み込んでいく。
「誰も見てないから好きなだけ泣いとけ泣いとけ」
彼女が勝ってくれたことも確かに嬉しかったが、それよりも――
誰にも涙を見せようとしない気高い彼女が、俺の胸の中で泣いてくれたことが嬉しかった。
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