第46話 舌戦Ⅱ

「…………………………………………は?」


 五十嵐も他の皆も、あっけにとられた。


「私は来年、生徒会長になります。その為には来週の若葉祭の成功が必要不可欠と考えています。そこで行うメインイベントに、支援金をすべてつぎ込ませてください」


 由姫は呆然としている五十嵐へと詰め寄った。


 勢いに押され、巨体の五十嵐が一歩後ろに下がる。


「五十嵐さん。偉い人の謝罪が欲しいと言っていましたが、具体的にはどなたの謝罪が必要ですか?」


「え。そ、そりゃ、一番偉いっていうと、理事長になるだろうよ。理事長が頭を下げて謝ってきたら、俺達も納得だ」


「では、私が生徒会長になったら、理事長に土下座させます」


 全員、開いた口が塞がらなかった。


 滅茶苦茶だ。理事長に土下座を強要できる生徒会長がどこにいる。


「そんなのできるわけ……」


「出来ます。生徒会長のみが参加できるOB会というものがあり、理事長よりも強い権限を持つOBが何人かいます。その方々の力を借りれば可能です」


 ごねてきた相手を制す方法。


 それは、相手に明確な条件を提示させ、それを飲んでしまえばいいのだ。


 条件を提示してしまった以上、相手はそれ以上ごねることは出来ない。


 可能、不可能は考慮しない。重要なのは、弱気を見せないこと。そして『コイツならやってしまうかもしれない』という雰囲気を持たせることだ。


「っ………………」


 五十嵐は必死に、由姫の言葉の穴を探そうとする。


 だが、彼はOB会のことなど、七芒学園の詳しい内部状況は知らないのだろう。


 もごもごと口を動かすだけで、反論の言葉はもう出なかった。


「すごく口達者ね。あらかじめ、想定していたのかしら」


 シンと静まり返った部屋の中、パチパチパチと入口の方から拍手が聞こえてきた。


 そこには、優しい表情をした初老の女性が立っていた。


「ふ、藤宮さん……」


 彼女を見た途端、会場の皆がざわついた。


「五十嵐さん。それくらいでいいんじゃないかしら」


「あ、姐さん……」


 彼女を見た途端、五十嵐はさっきまでのでかい態度が嘘のように、背を縮こまらせた。


「すみません。遅くなりました。この子がどうしても一緒に行きたいと言ってきかなくて」


 彼女の後ろからひょこりと、小さな幼女が顔をだした。


 そして、由姫の顔を見るや否や


「やっぱり、ゆきおんなのおねえちゃんだーーー!」


 そう叫んで、小さな歩幅でとてとてと駆け寄ってきた。


「だから雪女じゃないってば……」


 由姫は苦笑いを浮かべつつも、彼女を抱き上げた。


 そう。彼女は一か月前、俺と由姫で送り届けた迷子の少女、藤宮あやかちゃんだった。


「改めましてごあいさつを。藤宮久乃と申します」


「七芒学園一年の有栖川由姫です」


「同じく一年の鈴原正修です」


 お辞儀をした彼女に、慌てて俺達もお辞儀で返す。


「だけど、よく分かりましたね。私が会長をしていたのは五年も前ですのに」


「はい。偶然、その時の写真を見つけまして」


 俺は懐から一枚の写真を取り出し、彼女へと見せた。


 五年前の生徒会長と、久乃さんが握手をしている写真だった。生徒会室で偶然見つけたこの写真。


 まさかと思い、当時のことを知る先生に聞いたところビンゴだった。


 連絡を取り、今日、この場に招待してくれたのも彼女の計らいである。


「今はもう退いた身なんだけどね。たまにこうして会合に顔を出させて貰ってるの」


 久乃さんは口に手を当てながらおほほと笑った。


「あ、姐さん。この子達、貴方の知り合いだったんですかい?」


 五十嵐がおずおずと訊ねてきた。


「えぇ。この二人よ。迷子のあやかを保護してくれたの」


「え。この子達が……」


「この前言ってたやつか」


 どうやら、以前の会合で俺達のことを既に話していたのか、会場がざわついた。


 久乃さんはこほんとせき込むと、駄々をこねる子供に言い聞かせるような声色で


「五十嵐さん。もうつまらない意地を張るのはやめましょう」


「だ、だけどよう。こっちにも面子ってもんが……」


「面子? 五年前の話をいまさら持ち出して、子供相手にごねるのが面子を守ることになるのですか?」


「うっ……」


 さっきからの様子を見るからに、力関係は彼女の方が上のようだ。今までの横暴な態度が嘘のように、五十嵐は大人しくなっていた。


「おじちゃん。ゆきおんなのおねえちゃんいいひとだよ」


 あやかちゃんが、五十嵐のズボンをくいくいと引っ張る。

 ナイス援護射撃だ。あやかちゃん。


「そっちのおにいちゃんもおかしくれたり、きんいろのたまをみせてくれたし」


 金色のバッジね! その言い方だと俺、金玉を露出しながらお菓子を配る変態じゃん!


 五十嵐はおもむろに髪の毛をかきむしると


「あぁ、わかりましたよ……。そうだよなぁ。俺達のゴタゴタは俺達の世代のうちに片付けないとなぁ」


 と呟いた。


「理事長の土下座はもういいや。そんなこと、どうでも良くなっちまった」


 五十嵐は由姫の方に振り返ると頬を掻きながら言った。


 そして、豪快な笑みで腕組みをし、


「今はそれ以上に、アンタみたいな子が生徒会長になった学園を見てみてぇ」


「そ、それでは……」


「あぁ、アンタの口車に乗ってやるよ」


 そう言って、五十嵐はごつごつの手で、由姫と握手をした。

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