第43話 最後の切り札 Ⅰ
日が傾いてきたころ。
俺と由姫は旧校舎の屋上に来ていた。
ここからなら、祭りの全体が良く見える。そう思ったからである。
時刻はもうすぐ十八時。片付け開始が十九時なので、あと一時間と少しだ。
「で、あれだけ大口を叩いた結果がこれか?」
旧校舎屋上にあるもう使われていないであろう貯水棟。その上に優馬はいた。
彼は貯水棟の横で寝そべりながら、携帯をいじっていた。
「兄さん……」
「正直がっかりだ。何かやってくれそうだと期待していたのによ」
優馬は梯子も使わず貯水棟の上から飛び降りると、由姫の手に持っていたパンフレットを奪い取った。
「お前がやったのは……そうだな……。演劇部と吹奏楽部、映画部と料理研究部……あとはアナログゲーム部か? この五つの予算を大幅にあげて、クオリティを上げたんだろ」
「そこまで分かるの……」
「パンフレット見りゃ一発だ。明らかにこの五つの部だけ、良い場所に配置されてっからな」
パンフレットを叩きながらため息交じりに言う彼の瞳には失望の色が映っていた。
「まぁ、俺も同じ手を取る。どうでもいい部を切り捨てて、見込みのある部の予算を上げる。ただ、それだけじゃ去年の俺の足元にも及ばねぇぞ」
優馬はフェンスにもたれ掛かると、道行く生徒達を見下ろす。
「他にも改善点が多すぎだ。例えば今、あいつらは腹すかしてんじゃねぇか? 今日は食堂は休みだからな。俺ん時は運動部の屋台を延長させて、夕方まで飯を食える状態にしたぜ」
由姫が黙り込んだのを確認すると、優馬は歪な笑みを浮かべながら俺へと視線を移した。
「あれからずっと考えてんだよ。お前に何を命令しようかってな。なんでも一つ命令出来るなんて、初めての事だからよ」
優馬は無邪気な子供の用に、目を光らせていた。
彼は退屈していたのだろう。特に努力をせずとも主席を取れる。学校外で女漁りをするのも、海外で起業する計画を立てているのも、学園生活が退屈だからだ。
だから、突っかかってきた俺が面白いおもちゃのように見えているのだ。
「とりあえず候補は三つくらいあるぜ。好きなやつを選ばせてやるよ。どれも一発で人生終了間違い無しだけどな」
「勝った時の事ばかり考えてますね」
「負けるわけがねぇからな」
優馬の表情は自信に満ち溢れていた。去年の若葉祭のほうが上であるという自信があるのだろう。
「そういや、どうやって勝敗を付けるか、決めてなかったな」
優馬は携帯の時間を確認すると、オールバックにしていた髪の毛を下ろした。
「もうすぐここに去年の若葉祭を知っている奴が来る。勝負の結果はそいつに決めて貰うことにしようぜ」
優馬はネクタイを締めなおし、背中のほこりをはらう。
しばらくすると、コツコツと階段の方から複数の足音がし、屋上のドアがギィと開けられた。
「おや。先客がいたねぇ……」
階段を上がってきたのは二人。一人は生徒会長。もう一人は初老の男だった。
歳は六十前後。ブランド物のスーツに高い腕時計。頭には黒い西洋帽子を被っている。
ある程度政治に関心のある人間なら、全員が知っている。
重富勇雄。
つい数年前まで、東京の都知事を務めていた男だ。
おそらく、この学園のOB会の頂点に立つ人だ。この学校のOBで財力を持った者は多々いたが、政界で成功を収めているのは彼一人だけだった。
だから、生徒会長が直々に案内をしているのだろう。
「君達もこの景色を見に来たのかな? 私が過ごしたのはこちらの校舎だったので、思い入れが強くてね。それに、ここからなら、学校全体が見渡せる」
風で帽子が飛ばされないよう押さえながら、彼はこちらへと歩いて来た。
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