第42話 若葉祭Ⅱ
昼の部は大きな問題なく終わり、夕方の部が始まった。
文化部主催のイベントが行われ、体育館では吹奏楽部の演奏や、軽音部のライブが人気を博していた。
特に俺達が予算をつぎ込んだイベントはどれもクオリティが高く、客の数も多かった。
「順調そうだな」
「そうね」
大きな問題も無く、夕方の部は進んでいった。
予算で揉めたダンス部も、無事演劇部から照明を借りられたらしく、大胆なブレイクダンスを披露していた。
「ねぇ、ちょっと行きたいところがあるんだけど、いい?」
「行きたいところ?」
「うん。茶道部」
予算の件で由姫が揉めたもう一つの部だ。
茶道部の部室は、旧校舎の教室を改造する形で使われていた。改造と言っても、教室の中央に十畳ほどの畳が敷かれているだけだ。
「あ」
部長の木佐貫先輩は、俺達を見ると、小さく会釈をした。
どうやら、今は客が誰もいないらしい。部屋の中には、着物を着た女子生徒が四人、いるだけだった。
「まず最初に謝罪させてください。予算の件、本当にすみませんでした」
「いえ、仕方ないです。実際、今年もお客さんが二十人ほどしか来ませんでしたから」
木佐貫先輩は苦笑いを浮かべた。
用意していた和菓子は半分ほど余っていた。
茶道部のイベントが不評の理由はまぁ、大体想像がつく。
お茶を飲んで、和菓子を食べるだけだ。時間がかかるし、おいしい食べ物は外の屋台にいっぱいある。
大人ならともかく、思春期真っ最中の高校生にとっては、退屈に感じてしまうのだろう。
「若葉祭の成否は今後の生徒会の影響力にも関わってきます。成功させたい気持ちはよく分かりますから」
木佐貫先輩は深々と頭を下げた由姫に、頭を上げるよう促した。
「お兄さんと勝負しているのよね。どちらの若葉祭が盛り上がるか」
「ど、どうしてそれを」
「私、貴方のお兄さんと同じクラスだから。妹と勝負することになったって、話してるの聞いちゃった」
あの野郎。クラスメイトにも言いふらしているのか。
「おっしゃる通りです。私は私怨の為に若葉祭を成功させようとしました。茶道部の予算を削ったのも、兄さんならきっとこうすると思ったからです」
由姫は過去の自分を恥じるように、きゅっとスカートを握りしめた。
「でも、それじゃあ駄目だと気づいたんです。兄さんに勝ちたいのに、兄さんの真似をしてどうするんだって」
由姫はもう一度頭を下げると
「来年は全ての部が納得して貰えるような生徒会長になってみせます」
と迷いのない目で言った。
木佐貫先輩は優しく微笑むと
「私は三年生なので、その光景を見られないのが残念です」
「あ……」
そうだ。来年は改善すると言っても、その頃には彼女は卒業している。由姫の変化を確かめる術はない。
由姫が歯痒そうな表情をしているのに気付いたのか、木佐貫先輩はなにやら少し考えるような仕草をすると
「有栖川さん。十五分ほど、お時間大丈夫ですか」
と時計を確認して言った。
「え。はい。それくらいでしたら」
「では、お詫びとして、一つだけ頼みごとを聞いて貰えませんか」
木佐貫先輩は、副部長っぽい人と一緒に、由姫を隣の部屋に連れて行った。
頼みごととは何だろう?
五分ほど経っただろうか。残った茶道部員二人と適当に談笑をしていると、扉が開き、俺は振り返った。
「っ!?」
心臓を矢に撃ち抜かれたような感覚だった。
そこにいたのは着物を着た由姫だった。
灰青色の唐草模様の着物だ。背が小さいせいでサイズはやや大きめ。
いつもの彼女に大人っぽさとおしとやかさが加わっていた。
凛々しい大人の由姫ともまた違う。あどけなさの残る顔に、大人な雰囲気をまとわせたギャップを感じる可愛さだった。
北欧とのハーフである彼女には、着物は似合うのかという疑問だが、すごく似合っていた。そもそも、由姫は髪色と目の色以外は、日本美人の顔立ちだ。違和感が無いのはそれが理由だろう。
「有栖川、なんで……」
「木佐貫先輩の頼みなの。似合わないのはしょうがないでしょ」
髪をいじりながら、由姫はぷいと目をそらした。
「いや、滅茶苦茶似合ってるんだけど……。びっくりした」
「そ、そう?」
俺が褒めると、由姫はまんざらでもない表情で、袖の模様を確認する。
「茶道部は年々部員が減っていて……。だから、部員募集のポスターに有栖川さんの写真を使わせて欲しいんです」
木佐貫先輩の手にはデジカメがあった。
なるほど。由姫の美貌なら、かなり目を引く。興味を持ってくれる人も増えるかもしれない。
「でも、私は茶道部じゃないですよ。それって詐欺なんじゃ」
「では、今日だけ仮入部ということで」
木佐貫先輩は眼鏡をクイッと上げて、悪い笑みを浮かべた。
この人、案外やり手だな。
「着物なんて初めて着たわ」
由姫は動きづらそうに、小さな歩幅で畳に座った。
「私、茶道なんてやったことないんですけど」
「やり方は教えますから安心してください」
木佐貫先輩は俺の方を見ると
「彼氏さんもこちらに座ってください。お茶も和菓子もいっぱい残っているので」
「彼氏じゃないです。ただの生徒会の仲間です」
そういえば、今までは怒りながら否定していた由姫だったが、今回は平坦な口調で否定していた。
このやり取りにも慣れてきたのかもしれない。俺は苦笑いを浮かべながら、彼女の隣に座ったのだった。
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