第41話 若葉祭Ⅰ
『それでは第二十五回、若葉祭を開催します』
若葉祭は会長の開会宣言で始まった。
昼の部は運動部が主催のイベント。
夕方の部は文化部が主催のイベントとなる。
運動部は野球部ならストラックアウト、バスケ部ならフリースロー大会のようなゲーム形式のイベントを行う部もあれば、ラグビー部のように食べ物の屋台を出している部もある。
生クリームなどは衛生上出せないので、たこ焼き、焼きそばなどの粉ものがメインだ。
俺と由姫は生徒会の腕章をつけて、問題が起きていないかの巡回をしていた。
とはいえ、問題が起きていない間は普通に祭りを楽しんでいいわけで。
「たこ焼きください」
巡回という名目で、俺は由姫と二人での学園祭デートを楽しんでいた。
俺と由姫の仲は、徐々に噂になり始めていた。
白薔薇姫と話すことの出来る、数少ない男子生徒だと。
付き合ってんの?と聞かれることもあるが、「八割くらいは攻略したな」とふざけた感じで答えるようにしている。
「白薔薇姫。やっぱ頭良いやつが好きなのかな」
「くっそー。俺も首席合格してたら、可能性あったのかな」
そんな噂がちらほら周りから聞こえる。
「……………………………………」
噂の対象である由姫は上の空だった。
恐らく、夕方の部の心配をしているのだろう。
「有栖川もどうだ?」
俺はたこ焼きを一つ割りばしでつまむと、由姫に差し出した。
「いらない」
由姫はふるふると首を横に振る。
「食欲が無いの。朝もご飯が喉を通らなかったし」
由姫の顔は少しやつれている気がした。
「…………………………ほいっとな」
俺は由姫の小さな口の中にたこ焼きをねじこんだ。
「っーーーーー!」
猫舌の彼女はほふっほふっと、悶絶した後、ようやくたこ焼きを飲み込むと
「な、なにするのよ!」
と涙目で怒り始めた。
「食べないと夕方まで持たないぞ。朝も食べてない。昼も食欲が無い。その分だと、昨日の夜もロクに食べてないんじゃないか?」
「……………………」
図星なのか、由姫は俯いたまま黙り込んでしまった。
「俺達はやれることは全部やったんだ。あとはもう祈るしかないだろ」
「そうだけど……」
「………………」
俺はため息を吐くと、周りに誰もいないことを確認する。そして
「俺の手を握ってみてくれ」
「え……。な、何言ってんの?」
「いいから」
俺は強引に由姫の手を引っ張った。
「な、にゃにを……」
由姫は少しの間、顔を赤らめたが、俺の手に視線を移すと
「もしかして、震えてるの?」
と訊ねてきた。
「昔からの俺の癖だ。緊張すると、震えが止まらなくなる。顔には出ないんだけどな」
「そう。貴方も緊張してるんだ」
「そりゃそうだろ。負けたらなんでも言うことを聞くなんて言っちまったんだ。心臓バックバクだよ」
「自業自得でしょ。なんで、兄さんとそんな馬鹿な勝負をしようと思ったの?」
「それは……」
理由は二つある。
一つは、「アメリカに行くのをやめて、父親の会社。アリスコアを継ぐ」という条件を飲ませたかったからだ。
優馬は優秀だ。
彼がアリスコアにいれば、経営が悪化するのも防げる可能性も高い。
そうなれば、未来で由姫が身売りに出されることも無くなる。
そして、もう一つは――
「お前のことを馬鹿にされて、悔しかったからだよ」
これは正真正銘の本音だ。
俺の嫁を馬鹿にする優馬のことが許せなかった。だから、頭に血が上った勢いで賭けをしてしまった。
「友達のことを悪く言われたら、ムカつくだろ。それでつい勢いで」
「そう……だったの」
由姫は髪をいじりながら、プイと顔をそむけた。
表情は分からないが、耳がほんのり赤くなっている気がする。
あれ? もしかして照れてる?
と、その時、くぅと可愛らしい音が、由姫のおなかから聞こえてきた。
どうやら、緊張の糸がほぐれたらしい。
「っ!」
「ぐへへへ。口ではそう言ってても体は正直じゃねぇか」
「うっさい! 変な言い方するな!」
早歩きで屋台に向かおうとする由姫を、俺は慌てて追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます