《未来》復讐劇
「こ、これは何だ……?」
二〇二二年某日。
俺はアリスコアの応接室にいた。
俺の前には、有栖川重行。高いスーツに高級腕時計を身にまとった彼は、俺が渡した書類を見た瞬間、顔色を変えた。
「あなた方が過去に犯した不祥事一覧です。苦労しましたよ。思ったより多くて、絞り込むのが大変でした」
紙に書かれていたのは有栖川と、その側近の部下達が、今まで行ってきた汚職の数々だった。
元々アリスコアには黒いうわさがあった。由姫に調べて貰ったところ、その予感は当たることになった。
特にヤバかったのが、定期的に行っていた暴力団の資金洗浄の補助だ。
三十年前、有栖川が会社を大きくするにあたって、裏社会の人物から多額の融資をして貰ったそうだ。
まだ暴対法が無かった時代のことだ。そして、その代償として、彼らの黒い金の資金洗浄を受け持っていた。
「どうやって、調べた? 由姫か?」
「はい」
由姫は俺と結婚するまではアリスコアで働いていた。そのため、内部の人間と繋がりがある。その者達に賄賂を渡して、情報を売って貰った。
「っ………………!」
有栖川はぐしゃりと紙を握りつぶすと、汗をにじませながら俺を睨みつける。
「これを使って私を脅すつもりかね? 残念だよ。由姫と結婚した君を、息子と思って接してきたのに」
「そうですか……」
俺は机の上に足を乗せると、吐き捨てるように言った。
「俺は一度たりとも、あんたを父親だと思ったことはなかったよ」
由姫と結婚してから一度も、俺が彼を義父さんと呼ぶことは無かった。
会社のために娘を差し出そうとするような奴だからというのもある。
それ以上に腹が立ったのは、資金援助をした後の態度だ。
彼はまるで娘など初めからいなかったかのように振る舞ったのだ。俺と会食をした際も、仕事の話ばかりで由姫のことは一つも話題に出さなかった。
そればかりか、会社の経営が安定した後は、毎晩夜の街で愛人と遊んでいるという。
俺の言いたいことはすべて言い切った。
次は彼女の番だ。
「もう入ってきていいぞ」
俺がそう言うと、ギィと扉が開き、スーツに身を包んだ由姫が入ってきた。
「ゆ、由姫! これはどういうことだ! 私を……父親を裏切るのか!」
「裏切る? よくそんなことを言えるわね。会社の為に私を売ったくせに」
「そ、それは……。だが、結果は良かっただろう! 正修くんと結婚出来て幸せだと言っていたじゃないか!」
「そうね。彼と結婚出来てすごく幸せよ」
彼女は女神のような笑みを浮かべながら、悪魔のような言葉を有栖川に叩きつけた。
「でもそれはそれ。これはこれ」
有栖川の表情がどんどん青くなっていく。
「私の要求は一つだけ。アリスコアの代表の席を私に譲って。さもなくば、不祥事を全部公表するわ」
有栖川が行った不祥事の数々。これが表に出れば、アリスコアはただでは済まない。その主犯である有栖川は辞職することになるだろう。
彼に残された道は二つだけ。
すべてを失ったうえに刑事罰を受けるか。
大人しく身を引き、由姫に席を渡すかだ。
「っ……」
有栖川はわなわなと震えると、ドンと机を叩いて立ち上がった。
「由姫! お前は会社経営がどれだけ大変か、理解しているのか! お前は女の上に、まだ若い。コネクションもロクに持ってないだろう!」
「えぇ。そうね。しばらくは苦労するでしょうね。認めるわ。経営者としては、今は父さんの方が上よ」
だけど、と彼女は続ける。そして、数年前のあの日から、ずっと言いたかった言葉を吐き捨てるように言ったのだった。
「会社のために娘を犠牲にするような人にはならないと約束するわ」
***
「あーーーー! すっきりした!」
由姫は勢いよくキンキンに冷えたビールを飲みほした。
「それにしても、良かったのか? あんな条件で。もっとふっかけることが出来たんじゃないか?」
「別にいいわよ。仕返しがしたかっただけだから。悔しそうな顔が見られただけで満足よ」
由姫は上機嫌で、料理を頬張ると、生ビールをもう一つ頼んだ。
「ここの料理、すごく美味しいわね。前に来たときは食べそびれたから」
「そうだな。だけど、まさかこの店を予約するとは……」
ここは俺と由姫が初めて出会った場所。有栖川が融資の相談に来た時の、赤坂の料亭だ。
店選びは由姫に任せていたのだが、まさかここを選ぶとは思わなかった。
「お前にとっては、嫌な思い出がある場所なんじゃないのか?」
「嫌な思い出もあるけど、良い思い出もあるわ。だって、貴方と出会えたんだから」
彼女はとろんとした目で、俺の左手の薬指に付けられた銀の指輪をちらりと見る。
「しばらく、忙しくなるな」
これから由姫はアリスコアの社長として、会社を回していくことになる。
「そうね。だけど、出来るだけ早く帰ることにするわ。だって貴方と一緒に少しでも長くいたいもの」
「なんだ? もう酔ったのか?」
「本音よ」
茶化した俺の反応が気に入らなかったのか、由姫はアルコールで赤くなった頬をぷくりと膨らませた。
「ちょっと飲み過ぎたな」
「しょうね……」
会計を済ませ、タクシーを拾う。これも由姫と出会った日と同じだ。違うのは隣に立つ彼女が嬉しそうな顔で、俺の腕に抱き着いているところだろうか。
由姫は酔い過ぎると甘えん坊になる癖がある。人目も気にせず甘えてくるから、周りの目が痛い。
タクシーに乗ると、運転手が苦笑いを浮かべていた。
由姫を後部座席に先に乗せると、こてんと俺の膝の上に頭を倒してきた。
「えへへ。ひざまくらー」
「シートベルトをしなさい」
起き上がらせ、シートベルトを着けると由姫はぶーと口を尖らせた。子供か。
「そんなのでアリスコアの代表が務まるのか?」
「つとまるもん」
つとまるもんて。
「…………………………」
家までは二十分ほどだが、半分ほどの距離で、由姫はすぅすぅと寝息を立て始めた。
クールな彼女だが、寝顔は子供っぽい。若い頃の彼女はこんな感じだったのだろうか。
そうだ。今度、アルバムとかあるなら見せて貰おう。中学時代の由姫とか絶対可愛い気がする。
目にかかった銀髪を俺が手で掻き上げていると、由姫は頬を緩めると
「えへへ……正修……大好き」
と甘い声で呟いた。
いったいどんな夢を見ているのだろうか。俺は苦笑いを浮かべた。そして
「俺もだよ」
彼女の寝顔を眺めながら、俺は小さな声で呟いた。
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