第44話 最後の切り札Ⅱ


「お久しぶりです。重富さん」


 さっきまでの横暴な態度は嘘のように、優馬は礼儀正しくお辞儀をした。


「おぉ。優馬君じゃないか。どうだね。調子は」


「学業、健康、共に順調です。恋愛の方はあまり順調ではありませんが……」


「ははは。学生のうちはそれくらいが良いと思うよ。すべてが上手くいくと、逆に楽しみが無いからね」


 生徒会長が毎年、彼の案内役をするのであれば、去年は優馬が案内をしたのだ。


 顔見知りなのも、ここに来ることを知っていたのもそのためだろう。


「それで、卒業後に会社を立ち上げる計画は進んでいるのかね?」


「はい。事業計画書を作って、知り合いに添削して貰っているところです」


「そうか。七芒学園でも、卒業後すぐに米国で会社を作ろうとするのは君が初めてだからね。私も期待しているんだよ」


 重富は髭をいじると


「そういえば、君が主催した、去年の若葉祭は見事だったね。今年も例年に比べればかなり優れているが、去年ほどは……」


「いえいえ、去年は運が良かっただけです。それに、若葉祭は比べるようなものでは」


「おぉ、すまない。比較するみたいになってしまったね」


「ちなみに、今年の夕方の部は彼女、私の妹が指揮を執ったんですよ。まだ一年なのに、自慢の妹ですよ」


 優馬はぽんと由姫の背を押した。


 まったく。よくも思ってもいないことをべらべらと言えるものだ。


「ほう。それは驚いた。さすが、君の妹だねぇ」


 その言葉を引き出した瞬間、優馬が心の中でゲスな笑みを浮かべているのが分かった。


 由姫にとって、兄と比較されるのが一番嫌いなことであることを彼も理解しているからだ。


「良い勝負だったな、由姫」


 優馬はポンと由姫の肩を叩くと、そのまま顔を覗き込もうとする。


 どんな表情をしているのだろうか? 悔しがって唇を噛んでいるか? それとも自分の無力さに絶望している表情か?


 残念ながら、その希望には沿うことは出来ない。


 俺の嫁を舐めるなよ、クソ野郎。


「どちらが優れていたかは、お祭りが終わった後にしていただきたいです」


 由姫は優馬の手を振り払うと、重富に向かって堂々と言い放った。


「え……」


 ぽかんとした表情の重富を尻目に、由姫は空に向かって指を刺した。


「私達が用意した切り札は、まだこれからですから」



 ドォンドォン。


 カチリと旧校舎の大時計が十八時を刻んだ瞬間、北口の方から轟音が響いた。


「これは……花火かね……?」


 その辺に売っている小型花火だ。しかし、それが隠し玉というわけではない。

これはあくまで、生徒全員の注目を北口エリアへ向けることだ。


 進入禁止のブルーシートが剥がされ、北口エリアが解放される。


「ほぉ……」


 そこにあったのは、本格的な祭りの屋台だった。

 たこ焼き、焼きそば、イカ焼き、わたあめ、りんご飴、ベビーカステラ、チョコバナナ、かき氷。

 営業許可申請が無いせいで、昼の部では出来なかった食べ物の屋台もその中にはあった。


「な、なんだこれ」


「こんなのパンフレットに書いてないぞ」


 北口エリアの近くにいた生徒達の戸惑う声が聞こえてくる。


『ピンポンパンポン』


 アナウンスが響き、聞き覚えのある女子の声が聞こえてきた。


『はろはろー。みんなのアイドル、下園理沙でーす! 皆、若葉祭楽しんでいるかにゃー? いだっ! ちょ、菅田っちなんで叩くの。え。真面目にやれ? あ、すみませんでした。調子に乗りました』


 副会長の声だ。相変わらず、遠くまでよく聞こえる声をしている。


『そろそろ、お腹空いて来たんじゃありませんかー? そんな皆さんに朗報です! 北エリアに注目してください!』


 副会長はすぅと大きく息を吸い込むと、音割れしそうなくらいの大声で叫んだ。


『今年の若葉祭、最後の目玉イベント……『超本格、夏屋台』です! もちろんすべてタダ! お腹いっぱいになるまで食べて行ってください!』


 生徒達のざわつきが大きくなる。


「まじか! ちょうど腹減ったたんだよ」


「北エリアをブルーシートで囲ってたの、このサプライズの為だったんだな」


「おい! 早く行こうぜ!」


 我先にと言う感じで生徒達が北口へと向かっていく。


「ほぉ……。こんなサプライズを用意していたとは……」


 重富は驚いたようにその光景を眺めていた。


「おい。こりゃ、どういうことだ?」


 視力の良い優馬はすぐに気づいたようだった。この隠し玉の違和感に。


「屋台を回しているの……全員、生徒じゃねぇ……。大人じゃねぇか」


 口調も崩れるほどに、優馬は動揺していた。


「教師……じゃねぇ。誰だ。業者か何かを呼んだのか?」


「違いますよ。俺達は彼らに一円も予算を使っていません」


「じゃあ、誰なんだ? あいつらは」


「それは――」


 俺は口にする。俺達に協力してくれた彼らの正体を。

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