第38話 宣戦布告Ⅱ

「もしもの話です。貴方がアメリカで起業し、大成功したとします。そして、そのタイミングでアリスコアの経営が傾き、建て直しに多額の資金が必要になったとします。貴方は資金援助をしますか?」


 優馬はなんだその質問? という表情を一瞬したが


「しねぇよ。何のメリットがあんだ?」


 と鼻で笑いながら言った。


「そりゃ親父の失態だ。俺には関係ないし、親父にもプライドがあるだろうよ。親父は俺に金を貸してくれって頼みはしねぇだろうな」


「そのせいで由姫さんが……妹が売られることになったとしてもですか?」


「あー? 売られるって、政略結婚とかか? 知るかよ。俺には関係ねぇし」


 想像通りの答えが返ってきて、俺はぎゅっと拳を握りしめた。


「妹のことを大事に思ってないんですね」


「まぁな。だってアイツ生意気だし。めちゃくちゃ俺に反抗するし。もう少ししおらしい性格なら、可愛がってたかもな」


 優馬はククク゚と笑っていた。


 由姫は……彼女は、こんな家でずっと過ごしてきたのか。

 父親は屑。兄貴も自分のことだけしか考えていない。


 心がすり減って当然だ。未来で俺と出会った時の目が死んでいる由姫を思い出す。


「お前、面白いやつだな。この前まで中学生だったくせに、妙に度胸があったり、わけのわからねぇ質問をしたり……」


 優馬は紅茶をすべて飲み干すと、肉食獣のような鋭い目で俺を睨みつけると


「だが、これだけはわかる。お前、俺のこと嫌いだろ」


 と言った。


「別に好きとか嫌いとか……」


「やめろやめろ。んなぺらっぺらな嘘つかれたほうが癪に障る」


「…………………………」


 これはもう隠せるものじゃなさそうだ。それに俺もいい加減限界だしな。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


 俺は静かに怒りを込めながら、優馬を睨みつけた。


「俺はアンタが嫌いですよ。由姫を馬鹿にするアンタが、由姫を苦しめるアンタが、俺は嫌いです」


 優馬はしばらく呆けた後


「はっはっは! やっぱ面白れぇ! こんなにハッキリ言われたのは、人生で二度目だ!」


 と笑い出した。


「ちなみに一度目は由姫」


「でしょうね」


 優馬はソファにもたれ掛かると


「聞いたぜ。由姫のやつ、文化部のやつらと揉めたそうじゃねぇか」


 とにやけ顔で言ってきた。


「アイツは弱者相手にも対等で話をしようとするからな。良く言えば優しい。悪く言えば、甘くてぬるい」


 優馬はテーブルの中央に置いてあった包装されたクッキーを手に取ると、ぐしゃりと握りつぶした。そして、粉状になったクッキーを丸呑みする蛇のように口に流し込む。


「雑魚相手にお願いするから駄目なんだ。支配すりゃいいんだよ。自分より能力が下のやつらに頭を下げたり、同じ目線でやろうとするから上手くいかねぇんだ」


「俺はそれが彼女の良いところだと思いますけどね」


 俺もクッキーを一つ手に取ると、包装を優しく剥ぎ取り、口に入れた。


「由姫はきっと、アンタを超えますよ。アンタより良い生徒会長になります」


 優馬の眉がぴくりと動いた。どうやらカンに触ったようだ。


「無理だろ。このままだと若葉祭も失敗するぜ?」


「今の彼女だとそうなるでしょうね」


 俺は不敵な笑みを作ると、自信気な声で言い放った。


「だから、俺が勝たせます」


 ここが博打の打ち所だ。


 有栖川優馬。由姫と楽しい青春を送るための障害であり、鍵となる人物。

 彼に勝てば由姫のコンプレックスも解消でき、俺への好感度も爆上がり間違いなしだ。


 だが、それだけで済ますのはもったいない。


 勝てる見込みのある勝負は、厚く張るのが鉄則だ。


「先輩。一つ賭けをしませんか?」


「賭け?」


「先輩と俺達。どっちの若葉祭が盛り上がるか、勝負をしましょう」


「…………馬鹿かお前」


 優馬はしばらく固まったあと、失笑した。


「俺がなんで去年、あんなに必死に若葉祭を盛り上げたか分かるか?」


「生徒会長としての力を誇示するためですか?」


「まぁ、それもあるが、本来の目的は別にある。重富勇雄って知ってるか?」


「元都知事ですよね。それで七芒学園のOB」


「そうだ。んで、OB会の代表でもある。俺が去年、必死に若葉祭を盛り上げたのは、あのおっさんが毎年、若葉祭の視察に来るって聞いていたからだ。OB会のやつらに、アメリカで会社を立ち上げる際の資本金を出資して貰う為にも、デキる人間であることをアピールする必要があったわけだ」


 なるほど。父親と仲が悪いと言っていたのに、どうやって資本金を作ったのか謎だったが、OB会からお金を引っ張っていたのか。


「で。お前はそれに勝てる自信があるっていうのか?」


「はい」


 即答した俺に、優馬は足を組みなおすと


「いいぜ。何を懸ける?」


 と不敵な笑みを浮かべながら言った。


「そうですね。お互い要求するものが別と言うのもあれなので、シンプルにいきましょう」


 俺は紅茶を飲み干し、にこりと微笑んで言った。


「勝った方が負けた方になんでも一つ、命令できる」

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