第37話 宣戦布告Ⅰ
「やっぱり出ないか……」
もう一度電話をかけてみたが、相変わらず由姫は出なかった。
一刻も早く彼女と話をしないといけないのに。
明日、由姫が学校に来る保証はない。それに、ここまで電話に出ないと心配だ。
なので俺は由姫の家に直接向かうことにした。先生からプリントを届けて欲しいと頼まれたという体である。
ちなみに、由姫の家の場所は知っているものの、中に入ったことは無い。
俺も由姫も、あのクソ親父と会うのを嫌がっていたので、盆や正月も俺の実家ばかり行っていて、帰省することは一度も無かった。
ただ一度だけ、結婚する際に荷物を取りに行くために、車で送っていったことがある。
「たしか……こっちだよな……」
過去……いや、未来の記憶……? を頼りに、彼女の家へと向かった。
「あった。ここだ」
見覚えのある二階建ての一軒家を見つけ、俺は足を止めた。
大豪邸とは言わないが、都心にこれだけの広さとなると、土地だけで十億は超えるだろう。
有栖川と書かれた表札のすぐ横にあるインターフォンを押した。
『あい』
インターフォンから出てきたのは、眠そうな男の声だった。
あのクソ親父かと思ったが、声が若い。これは――
『おー? 由姫の彼氏じゃねぇか』
しばらくして、Tシャツに短パンというラフな格好で出てきたのは、有栖川優馬だった。
「えーっと、名前は……。そうだ、鈴原だ。鈴原正修」
俺のことを覚えていたことに驚いた。しかも、名前まで。一度名乗っただけなのに。記憶力がいいんだろうな。
「由姫なら部屋に籠ってるぜ。起きてるかは知らね」
優馬はくいっと家の中を指差した。
「部屋の前で会話させて貰ってもいいですか? 彼女と話したいことがあるので」
「あー。なんなら襲ってもいいぜ。親父には黙っといてやるからさ」
優馬は俺の肩に手を回すと、悪魔のささやきをしてきた。
「そういうことを言うのは、兄としてどうかと」
「んだよ。真面目に返すなって」
優馬はつまらなさそうにしながら、俺を家の中に迎え入れた。
「階段上がってすぐ右だ。勝手に入って勝手に帰れ」
優馬は階段のところまで案内すると、さっさと居間に戻ろうとする。
TVを見ていたのか、バラエティ番組の司会が喋る音が聞こえてきた。
「優馬先輩。少しだけ話をしませんか?」
「あ? 俺とか?」
「いくつかお聞きしたいことがあるんです」
優馬は目を細めた後、
「ま、暇だからいいけどよ」
と居間へ行き、TVを消した。
「ほれ。なんか高い茶」
優馬は俺の前に紅茶を置くと、どかっと座り、自分の分の紅茶を一口飲んだ。
「零したりするなよ。この下のカーペットは数百万するからな」
「数百万?」
俺は机の下に潜り込むと、カーペットのタグを確認する。
「いや、これ、確かにブランドものですけど、せいぜい数十万くらいですよね」
「ちっ。わかんのかよ。つか、数十万でもちょっとはビビれよ」
いや、未来の俺の家に同じメーカーの絨毯があったもので。
「それで、俺に聞きたいことってなんだ? 由姫の下着の色とかか?」
「下着の色は本人から聞く方が楽しいですよ」
「はは。わかってんじゃねぇか」
「俺が知りたいのは先輩の進路です」
「進路?」
わけわかんねーという表情で、優馬は足を組みなおした。
「なんで俺の進路が気になるんだよ」
「いえ、同じ学年主席として、どのような進路を考えているのか、興味があるだけです。名門大に進学して、ゆくゆくはお父さんの会社を継ぐ感じですか?」
「俺は会社は継がねぇよ」
優馬は頬杖をつきながら、にやりと笑う。
「アメリカの大学に留学して、そのまま移住するつもりだからな」
やはりか。この時から彼は将来のことを決めていたのだ。
「親父とも話はついてる。体裁を保つために、首席で卒業して、アメリカの名門大に推薦で……っていう条件を出されたけどな」
「なんでアメリカに?」
「会社を作りたいからだ。起業するならこんな衰退真っ最中の国じゃなく、世界一の経済大国でやるのがベターだろ」
「アリスコアの社長じゃ駄目なんですか?」
「駄目だね。親父のお下がり貰ったところで、嬉しくねぇし。俺は一から会社を作って、アリスコアなんか目じゃない規模に発展させてやる」
優馬は自信に満ちた笑みを浮かべながら、ふんぞり返った。
その瞳には不安の欠片も感じられない。
ただの高校生がそれを言えば、夢見がちな若者だとあざ笑うところだが、彼ならば本当にやってしまいそうな気がする。そんな雰囲気が彼にはあった。
まぁ、実際に成功するんだけどな。クロスストリーマーズのCEOとして俺に会いに来た時の事を思い出す。
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