第30話 猫カフェⅣ

 やっぱりそう言うよな。俺は心の中でくすりと笑った。


 由姫は由姫だ。子供でも大人でも、この負けず嫌いだけは変わらない。


「優馬先輩って、そんなに凄いのか?」


 俺はまだ彼のことを詳しくは知らない。

 知っているのは、渡米してクロスストリーマーズを立ち上げたのと、とにかくイケメンで女にモテる。その二つだけだ。


「むかつくけど、超が付くほどの天才よ。この学校に首席で合格して、それからずっと学年一位をキープしてる。勉強だけじゃない。運動も出来るわ。中学ではバスケでインターハイに行ったし」


 まじでチートキャラじゃねぇか。実物を見た今、信じるしかないんだけどさ。


「なにか欠点とか無いのか?」


「性格が悪い。あと女好き」


「あぁ、たしかに……」


 俺はこの前、彼に出会った時のことを思い返しながら、苦笑いを浮かべた。


「だけど、いつか絶対に勝って見せる」


「勝つって、やっぱり勉強でか?」


「勉強もそうだけど……貴方、五月下旬に若葉祭っていう学園祭があるの、知ってる?」


 若葉祭?


「あー。そういえば、生徒会新聞を書く時、予定表に書いた覚えが」


「部活ごとに催し物を出して、新入生を歓迎するお祭りよ。文化祭と違って、生徒会主導で行われる、新生徒会の実力を試す場とも言われてるの」


「へぇ。それがどうかしたのか?」


「去年の生徒会長は兄さんで、若葉祭の指揮を一人で執ったそうよ」


 あぁ。なるほど。話が見えてきた。


「つまり、去年よりすごいお祭にしたいってわけだな?」


「そうよ」


 由姫はこくりと頷いた。


「ちなみに、若葉祭には学園のOBもやってくるの。去年は七瀬製鋼の会長や、元都知事の重富さんとかがいらっしゃったそうよ」


「まじか……」


 ただの学祭に来る面子じゃないだろ。元大人であるからこそ、その異様さがよく分かる。

 よし。次の目標が決まったな。俺はぽんと膝を叩くと


「じゃあ、優馬先輩を一緒に倒すか」


 と言った。


 由姫は一瞬、嬉しそうな表情をしたが、はっとした顔になり


「別に貴方の協力とかいらない。私一人で勝たないと意味無いし」


 と首を横に振った。


「俺はまぁ、味方みたいなものだから気にするな。実際に戦うのはお前と優馬先輩だ」


「味方って。なんで貴方はそういう……」


「そりゃもちろん、優馬先輩とお前だったら、好きな方につくに決まってるだろ」


「す……」


 由姫は耳を赤くすると


「そ、そう。勝手にすれば」


 と小さな声で呟いたのだった。



     ***



 GWが終わり、衣替えが行われた。


 未来では殆どの学校がクーラーを完備しているが、この時間軸、二〇〇九年当時は、クーラーがあるのは職員室だけという学校も多々あった。


 だがしかし、さすが名門、我らが七芒学園。教室の天井に二台のクーラーが設置されていた。


「…………………………」


 衣替え初日。

 クラスの男子の視線は由姫へとむけられていた。


 夏服の由姫は冬服とはまた違う可愛さがあった。

 半袖に薄地のスカート。なにより一番違うのは足だ。


 彼女は冬服の間はずっと、黒タイツを履いていた。

 それが脱げ、琥珀のような白い足が露になっていた。不意に撫でてしまいたくなるようなすべすべ感だ。


「なにあれ。反則でしょ」


「日焼けクリームとか塗ってるのかな」


 女子達が由姫のシルクのような生足の秘密をさぐろうと、ひそひそと話をしていた。


 この時代の由姫は知らないけど、未来の由姫は塗ってたっけ。

 次の時間は移動授業だ。由姫は教科書を手に、教室を出て行った。

 彼女の通った道の近くに座っていた男子生徒が、興奮気味に隣の男子に話しかけた。


「な、なぁ、白薔薇姫の通ったあと、すげー甘くて良い匂いするんだけど」


「シャンプーの匂いじゃね? でも花みたいな香りするな」


「白薔薇の匂いとか?」


「薔薇はこんな匂いじゃないだろ」


 彼女の良い匂い。

 俺が選んだ香水の香りだということを知っているのは、たぶん俺だけなんだろうな。


 そんな愉悦感を楽しみながら俺は、携帯電話を取り出し、メールを打ち始めた。


 メールの送信先は御神静香。生徒会長だった。

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