第21話 二人きりの放課後Ⅳ
「ふ、不潔!」
「なんで俺が怒られるんだよ。俺、何もしてないぞ」
「そ、それはそうだけど……」
由姫ははっと顔をあげると、あわあわした表情で俺を指差し
「ま、まさか、さっき手を引いたのって、私をここに連れ込む気じゃ……」
「違う違う! マジで偶然!」
俺は慌てて弁明を始める。
「偶然入ったところに偶然ラブホがあっただけ! あれ? 自分で言ってて苦しいぞ。この言い訳」
「なに一人で会話してるのよ」
由姫はまだ疑ってはいるものの、ひとまず納得してくれたようだった。そして、鞄を背負いなおすと
「早く駅に向かいましょう。こんなところで貴方と二人でいたなんて、噂されたら……」
俺と由姫が付き合っているという噂が流れるのはまぁ、満更でもない。
ただ、ラブホに行っていたという噂を流されるのは困る。そんなことになれば、教師から説教案件だ。
まぁ、こんなところで知り合いに会うなんて、そうないと思うけど。
「あれ。由姫じゃん」
俺達の歩く方向にあったラブホテルの玄関から出てきた男が、彼女の名前を呼んだ。
黒髪に白い肌。すらっとした長身と筋肉質な腕。
「に、兄さん……」
有栖川優馬だった。
この前の全校集会で挨拶をしていた時と、雰囲気が全然違う。
未来で会った時と同じだ。整った容姿やカリスマオーラはそのままだ。しかし、優等生感が完全に消えている。
髪はオールバックにし、首には金色のチェーンを巻いている。チャラい芸能人のようなファッションで、一瞬、別人なのかと思ったほどだ。
「あら、優馬の知り合い?」
彼の後ろには外国人のブロンズ美女がいた。背の高い二十代の女性だ。
「ん? あぁ、俺の妹。俺に似て、顔だけは良いっしょ」
ブロンズ美女の腰に手を回しながら、優馬は由姫を指差した。
雰囲気だけではない。喋り方も、学校で見た時と全然違っていた。未来で会った時のイメージに近い。
「まだちょっと早いけど、コイツ送って帰るわ。今日は楽しかったよ」
「ん。私も。こんなに激しかったの久しぶり」
優馬はブロンズ美女の顎を引き寄せ、キスをした。
「なっ……」
ラブホから出てきたからやっぱりと思ったが、そういう関係か。
間近で見ていた由姫は驚きのあまり、魚のように口をパクパクさせていた。
「それじゃあ、また夜に電話するね」
「ん。あぁ、またな」
優馬は駅の方へ向かうブロンズ美女に手を振り終えると、急にテンション低めの声で
「あーだる。一回寝たくらいで彼女面すんなよな」
とボリボリと髪をかきむしった。そして、由姫の方を向くと
「お前、なんでこんなとこにいんの?」
「西横線が運転見合わせしているから、こっちの駅まで歩いて来たの」
「嘘つくな。こんな裏道、通らねぇだろ。もしかして、興味が出て来たのか?」
「兄さんと一緒にしないで。表通りに変なスカウトマンがいたから、こっちに来たの」
由姫はキッと優馬を睨みつけると
「それより、今の人……。この前会ってた女の人と違うけど、前の人とは別れたの?」
「前って誰だっけ? 美咲? いや、晴香だっけ……つか、さっきのは彼女じゃないし」
「彼女じゃない……?」
「そ。英会話教室のセンセ。オフっていうからさ。試しに遊んでただけ」
優馬はあっけらかんと言う。
「遊んでたって……今出てきたところ……ら、らぶ……」
「ラブホな。そう騒ぐことじゃねぇだろ。男と女がいたら最後にたどり着くところだよ」
優馬は由姫の頭を雑に撫でると
「いつも言ってるけどさ。そういうガキっぽいところ、直した方がいいぜ」
と馬鹿にするように言った。
「っ…………………………!」
由姫の顔が怒りで真っ赤に染まる。
「んだよ。顔真っ赤じゃん。あ、もしかして、俺らのキス見て照れてんのか? 相変わらず免疫ねーな。いきなり彼氏作れとは言わねーけどさ。まずは男友達を作るところから始めてみたらどうだ?」
「……わよ……」
「え? なんだ? 声が小さくて聞こえねぇよ」
「お、男友達くらいいるわよ!」
それを聞いた優馬は哀れみを含んだ声音で、くくくと笑い
「お前って昔からそうだよな。見栄張ってバレバレの嘘をつく」
「嘘じゃない! 今日も彼と一緒に帰ってたんだから」
由姫がぐいっと俺の腕を引く。
「……………………マジ?」
ようやく俺の存在に気づいたのか、優馬の視線がこちらへと向いた。
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