第20話 二人きりの放課後Ⅲ

 駅の方に向かうにつれ、人が多くなっていく。住宅街が終わり、飲み屋や風俗店などが増えてきた。


「貴方の言う通り、たしかに治安が良いとは言えないわね」


「だろ?」


 俺たち以外、学生はほとんどいない。キャッチや飲みに行くサラリーマン。デート中のカップルにガラの悪いチンピラ。

 由姫は警戒しているのか、鞄の紐をきゅっと抱くように持ち、肩幅を狭めている。

 彼女の銀髪は目を引くのか、周りの大人達の視線が全部彼女へとむけられているのが分かった。


「ねぇ君、モデルに興味ない?」


 由姫の前に細身のスーツを着た男が立ちふさがった。

 読者モデルのスカウトマンだろうか。


「可愛いね。顔は日本人っぽいから、クォーターか、ハーフかな? その制服、七芒学園でしょ? 頭もいいんだねー」


 男は胸ポケットから名刺を取り出し、由姫に押し付けようとする。


「安心して。撮影は女のスタッフがやるから。こっちの用意した服着て、写真撮るだけ。時間は二時間もかからないし。報酬は一万円なんだけど、君なら倍の二万円出せるよ。どう?」


「いえ、その……」


「今日忙しいなら、別の日でもいいからさ。学生なら土曜とか日曜の方がいいかな?」


 スカウトマンの男は延々と喋り続ける。

 未来の由姫は「興味ないです」とバッサリ切り捨てて無視するのだが、この時代の由姫はまだそこまで断り慣れていないようだった。


 助けた方が良さそうだな。

 俺は由姫の手をぎゅっと握ると


「すみません。彼女の親、そういうのに厳しい人なんで」


 とっさに嘘をつくと、人の少ない裏道へと向かった。こちらからでも駅に行けたはずだ。


「もう大丈夫だから手、放して」


「あ、あぁ」


 手を離すと、由姫は俺が引っ張った自分の手をじっと見ながら、何か考え込んでいた。


「有栖川?」


「え。な、なに?」


「いや、急にぼーっとしてたから。もしかして、モデルやりたかった?」


「別に。そういうわけじゃないけど」


 未来の由姫はモデルとか興味ないと言っていたが、この時代の由姫は違ったのかもしれない。

 でも、たとえ健全な読者モデルだとしても、写真を撮られたりするのは嫌だな。


「多分この道なら、スカウトマンもいないと思……」


 そこまで言って、俺はあることに気づいた。


「やべ……」


 俺達の前には、怪しく光るピンク色のネオンサインが描かれたホテルが何軒も並んでいた。


 この裏路地、ラブホ街じゃね?


 スカウトマンから逃げるためとはいえ、俺は由姫の手を引いてこの道に入ってしまった。


 連れ込もうとしているようにも見えなくもない。

由姫が騒ぎ出す前に、先に言っとくか? そんな保身を考え始めていると


「変な色のホテルね」


 と、きょとんとした表情で由姫が言った。


「……………………へ?」


 まさか、ラブホを知らないのか?

 いや、概念は知っているかもしれないが、これらがラブホテルだと認識していないのかもしれない。


「なに驚いているの? 私、何か変なこと言った?」


「え、いや、その……」


「もしかして、ホテルじゃない? でも、ホテルって書いてあるわよ」


 由姫は一番近くにあった、紫色のネオンが光るラブホを物珍しそうに眺めていた。


「オールイン……店の名前みたいだけど。オールインって、あれよね。ポーカーとかで所持チップ全額をベットする時の言葉よね」


 たぶんそのオールインと、隠語的な意味とで掛けているんだろうな。


「普通のホテルとは違うのかしら。なんだか狭そうけど……」


「えっと、子供は入れないホテルというか……」


「子供は入れないホテル……? 騒いじゃ駄目ってこと?」


「いや、逆に騒いでいいというか、どったんばったん大騒ぎするホテルというか……」


「???????」


 何を言ってるんだコイツという表情で、由姫は俺を見てくる。穢れていない純粋な目をしている。見ないで。そんな奇麗な目で俺を見ないで……。


「僕ちゃん達、学生は入っちゃダメだよー」


 と、中年のおじさんと若い二十代くらいの女性が手を繋ぎながら、俺達の横を通り過ぎ、ホテルの中へと入っていった。


「子供が入っちゃダメって言うのは本当みたいね。今の二人、夫婦かしら? 夫婦にしては年がだいぶ離れてそうだったけど……」


 由姫はぶつぶつと呟きながら、推理を始めた。

 これだけの情報が集まれば、さすがの彼女も気づくだろうか。


「…………………………っ!」


 由姫の髪がピンと逆立ったかと思うと、顔が熟れた林檎のように赤くなった。


 ようやく理解したらしい。

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