第10話 彼女を追って

「ねぇねぇ、前生徒会長って、有栖川さんのお兄さんなの?」


 全校集会の後の教室。

 クラスの陽キャ女子グループの一人である篠崎が、テンション高らかに由姫に訊ねた。


「私の兄よ」


 由姫は参考書に目を落としたまま、平坦な声で返事をした。


「やっぱりそうなんだー! ねぇ、か、彼女とかいるのかな?」


「さぁ。今はいるか分からない」


「あー。やっぱりいる時もあるんだ。あれだけカッコいいとそうよね。いないなら立候補したかったんだけど」


「やめておいたほうがいいわよ」


 ぼそりと由姫が呟く。「え? なんで」と聞こうとした彼女達を無視し、由姫は教室から出て行った。


 有栖川優馬。

 由姫いわく、優秀だが、超が付くほど性格が悪く、女好き。

 とはいえ、俺も彼について詳しいわけではない。

 会ったのも一回だけ。どんなやつなのかは、由姫から聞いた話でしか知らない。

 今日の全校集会で挨拶をしているのを見る限り、悪い感じはしなかった。

 猫を被っているのか。それとも、由姫が盛っていたのか。

 ただ一つだけ分かるのは、彼がこの時代の由姫を攻略する鍵になるということだ。


「あの人に勝ちたくて、ひたすら頑張った……。でも勝てなかった」


 未来で彼女はそう言っていた。

 由姫の話を聞く限り、兄の優馬は天才型だ。

 対して由姫は秀才型だ。結婚してから分かったのだが、彼女は不器用なところが多い。

 しかし、負けず嫌いな性格も相まって、膨大な努力をすることで、天才と並んでいるのだ。

 遊びに誘っても乗ってこないのは、そんな時間が無いから。

 天才の兄にどうやっても勝てないコンプレックス。

 それを解消してやらなければ、未来の由姫が求めていた、楽しい高校生活などは送ることは出来ない。


 俺がまずやるべきこと。

 それは、有栖川優馬に勝たせてやることだ。


     ***


「ねぇ、本当に貴方も生徒会に入るつもりなの?」


「あぁ。これからよろしくな」


 放課後。生徒会室へ向かおうとする由姫の後ろを、俺は追いかけていた。

 今日は生徒会で、二年生と顔合わせだ。

 彼女が生徒会に入っていたことは、未来の由姫から聞いていた。


「ストーカー規制法って学校内でも適用されるのかしら」


「酷いな。友達相手に」


「いつ私が貴方と友達になったの?」


「かの偉人は言いました。『友達とは、気が付けばなっているものである』と」


「誰の言葉よ?」


「徳川家康」


「絶対言ってない!」


 由姫はあきれ顔でため息を吐いた。


 あらら。未来の由姫はこういうギャグを笑ってくれたのだがなぁ。


「まぁまぁそう言わず、友達少ない同士、仲良くしようぜ」


「貴方と一緒にしないで。と、友達くらいいるわよ! この学校にいないだけで……」


 いや、それ致命的では?


「同級生だと、話が合わないやつばっかりなの! 男子は仲良くしたらすぐに告白してくるし……女子は何して遊ぶだの、誰が好きだのくだらない話題ばかりだし。そのうえ、陰では他人の悪口を言ったり……。とにかく低レベルすぎて話が合わない」


「………………………………」


 低レベルすぎて話が合わない……か。未来の由姫も言っていたな。


 だが、後悔しているとも言っていた。

 強がってないで、もっと友達を作ればよかったと。

 この時代の彼女だって、一人は寂しいのだ。

 その証拠に、彼女は「友達なんていらない」とは一度も言っていない。


「なら安心だな。俺は他人の悪口は言わないし、レベルの低い話もしない」


「今さっき、レベルの低い話をひたすらしていたのは気のせい?」


 気のせいだろ。


「そういえば、前から思ってたんだけど」


 由姫は階段の途中で立ち止まり、こちらを振り返った。


「この学校に入学する前、私とどこかで会ったことある?」


 多分、昨年の十二月、隣町に続く橋で会った時のことだろう。


 話したのも一瞬だったから、忘れられていると思っていたのだが、どうやらうっすらと覚えていてくれたらしい。


「もしかして、俺、口説かれてる?」


「はぁ? なんでそうなるの?」


「いや、有名な口説き文句だと思って」


「もういいわ。私の勘違いだと思うから」


 由姫はため息を吐くと、また階段を登り始めた。

 昨年の冬に会っていたことは、話さないほうがいいだろう。あの時、受験する高校を聞いてしまったから、ストーカーだと思われたら困るし。いや、実際ストーカーなんだけどさ。


「そういや、一つ疑問なんだが、なんで生徒会ってあんなに倍率高かったんだ?」


 一年で生徒会に入れるのは三名だけだというのに、入会希望者は十七人もいたらしい。

 こういう時、学力至上主義である七芒学園は、席次が優先される。

 首席である俺と次席である由姫。そして、第三席の新妻という女子生徒で決まったそうだ。

 先生に聞いたところ、去年も学力上位三人が生徒会に入会したという。

 生徒会の仕事なんて面倒なだけな気がするのだが。


「呆れた。貴方、特権も知らずに立候補したの?」


「特権?」


「七芒学園には、数か月に一度、OB会っていう、卒業生の中でも特に成功した人達を集めた懇親会があるの。大企業の社長だけじゃなくて、政界の大物も何人かいるそうよ。そして、現役の生徒会はそこに参加することが出来るの」


「つまり、生徒会に入れば、そういう人達とコネクションを作れるってことか」


「察しが良いわね」


 たしかに。そういう人達と繋がりが出来るのは後々、大きなアドバンテージになる。

 人との繋がりは金よりも大事。会社のトップに立って、身に染みたことだ。


「大企業への内定だったり、推薦状を書いて貰えたり。自分の夢が明確な人ほど、大きな助けになるの」


「ふぅん。有栖川は何か夢があるのか?」


「私は……」


 由姫は言い淀んだ。

 進学する大学も就職先もあのクソ親父に決められていた。

 彼女には夢と呼べるものが無いのかもしれない。

 恐らく、生徒会に入ろうと思った理由も、兄より優れた生徒会長になりたいからだろう。


「ちなみに俺の夢は可愛い嫁さんを見つけること」


「そう。私以外で良い人がいるといいわね」


「可愛いって自覚あるんだ」


「うっさい」


 由姫は早足で歩きながら、そう言った。

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