第7話 攻略開始
入学式から一週間が経過した。
俺はしばらくの間、由姫の観察をすることにした。
大人の由姫と、高校生の由姫。何が違うのか比べるためだ。
彼女はとにかくずっと勉強をしている。
誰とも群れようとせず、授業が終わるとさっさと帰ってしまう。
由姫はこの休み時間も一人で黙々と数学の参考書を読んでいた。
もしかして、俺に負けたのがそんなに悔しかったのだろうか?
入学式で、「次は負けないから」と呟いていたのを思い出した。
「それにしても、絵になるなぁ……」
俺が一人でいたら、ただのボッチだが、彼女の場合、好んで一人でいるというのが分かる。
孤高。一匹狼のような気高さが彼女にはあった。
「あ、有栖川さん。ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
一人の男子が由姫に声をかける。
見覚えがないので、違うクラスの男子だろう。高身長で、やや馬面っぽいが、分類的にはイケメンだ。
由姫はちらりと彼の顔を見ると、教科書に視線を戻した。
「いいわよ。ここで話して」
「え……」
馬面イケメンの顔が引きつった。
「ここだとアレだから、二人きりで話をしたいんだけど……」
「教室の外に出なきゃいけないの? なら、駄目。今、二限目の予習してるから」
「そ、そっか。なら、時間を改めるよ。次の休み時間はどうかな?」
「駄目。三限目の予習をしているわ」
「なら、昼休みは……」
「ご飯を食べるから駄目よ」
「な、なら、放課後は」
「放課後は帰宅しないといけないから無理よ」
この瞬間、彼の心がぽっきりと折れる音が聞こえた。ふらふらとした足取りで、自分の教室へと帰っていった。
「なにあの態度」
「ちょっと調子に乗ってるよね」
「ね。告白され慣れてますって態度がうざいよね」
窓際最前列に集まった女子グループが、ひそひそ声で由姫の悪口を言っていた。
まぁ、彼女達の言うことももっともだ。
誰に対しても由姫の態度は、塩対応だ。
荒れた高校なら、生意気なやつだと、真っ先にいじめられているだろう。まぁ、由姫のことだから、いじめられたらやり返すだろうけど。
クラスメイトの男子達も、苦笑いを浮かべるしかなかった。
「あーあ。また犠牲者が出たよ」
「さすが白薔薇姫。容赦ねぇな」
そういえば、この一週間で一つ変化があった。
由姫に【白薔薇姫】という異名がついたのだ。
白雪姫のように美しいが、薔薇のように棘がある。
だから白薔薇姫。誰がどんなつもりで付けたのか分からないが、その異名は一年生内で一気に広まった。本人もそれは知っているようだが、別に気にしていないようだった。
「さて、どうしよう」
そろそろ何かアクションを起こしたい。しかし、下手に話しかけるとさっきの男子の二の舞だ。
どうすれば、棘に刺さらず彼女に触れられるだろうか。そんなことを考えながら由姫の方を見ていると、彼女の様子がおかしいことに気づいた。
「ん?」
ずっと鞄を探している。あの焦り方、なんだったか……そうだ。デートで財布を忘れた時と同じ焦り方だ。
ということは、教科書を忘れたのか。
次の授業は世界史だから、斎藤先生か。たしか、生徒を名指しで当ててくるタイプの先生だ。教科書が無ければ、答えることが出来ない。
「……………………………………」
おいおい。マジか。
由姫のやつ、教科書が無いまま、授業を受ける気だ。
開いているのは国語の教科書だ。バレないように偽装しているつもりだろうか。
隣のやつに見せて貰えばいいのに。きっと彼女のプライドが許さないのだろう。
俺は苦笑いを浮かべた。先生に当てられたら、もっと恥ずかしいことになるのが分からないのだろうか。
だが、これはチャンスかもしれない。
俺は世界史の教科書を鞄から取り出すと、彼女の机に置いた。
「え」
驚いた顔でこちらを振り向いた由姫の耳元で、俺は小さな声で囁いた。
「忘れたんだろ。貸してやる」
それだけ言い残して、俺は教室の外へと向かう。
「ほらさっさと席に座れ。授業を始めるぞ」
お。ちょうどいいところに。斎藤先生が教室に入ってきた。
「鈴原。どうかしたのか?」
「すみません。ちょっと体調が悪いんで、保健室行ってきていいすか?」
「体調が悪い?」
斎藤先生が疑いの目で俺をじろじろと見る。サボりじゃないかと疑っているのだろう。
だが、胸に付けた金の七芒章がここでは役に立つ。
「そうか。行ってきなさい」
学年主席が、意味もなくサボりをするわけがないと思ったのか、あっさりと許可を出してくれた。
「さて。保健室で昼寝でもするか」
誰もいない廊下を歩きながら、俺は小さな欠伸をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます