第9話 スキー帽の真実
冬の夜、冷たい風がビルの隙間を駆け抜ける中、私はいつものようにマッチングアプリで出会った彼とのデートに向かっていた。彼のプロフィール写真は完璧。切れ長の目に、優しい笑顔。年齢も同じくらいだし、共通の趣味も多い。特に彼がスキーをしている写真には、ちょっと高級そうなスキーウェアと洗練された姿が映っていて、私は一目で惹かれた。
「帽子、いつもオシャレだなぁ」と、デートのたびに思っていた。スキーウェア姿でも、普段のデートでも、彼は必ずと言っていいほどお洒落な帽子を被っていた。キャップだったり、ニット帽だったり、さまざまな種類があるけれど、どれも彼のスタイルにぴったりだ。しかも、関西出身らしい軽妙なトークで、常に笑わせてくれる彼。何より、私の話をよく聞いてくれて、いつも癒される言葉をくれる。そんな彼に私はすっかり夢中だった。
デートを重ねるうちに、私たちの距離は少しずつ近づいていった。そして、ついにその日はやってきた。ディナーの後、ふたりで静かに過ごせる場所へ行くことに。彼の提案で、自然な流れでホテルに向かうことになった。
ホテルの部屋に入った途端、私の心臓はドキドキが止まらない。彼は、にこやかに「ちょっとシャワー浴びてくるね」と言いながら浴室へ向かった。いつもの帽子を外すことなく、部屋に入るまでそのままでいた彼が、ようやく浴室に入ってから帽子を外す音が聞こえた。
「さて、どうしようかな…」とベッドに座って待っていると、ふと「タオル、足りてるかな?」と思い立ち、何の気なしに浴室のドアを少しだけ開けて覗き込んだ。その瞬間、目に飛び込んできた光景に、私は思わず固まった。
彼の頭は、まさかのツルツルだった。
頭がハゲていること自体は、全く問題じゃない。だけど、ずっと帽子を被り続けて、まるでそれを隠すようにしていたことが、私の心に引っかかった。彼のオシャレな帽子たちが、実はすべて「カムフラージュ」だったなんて…。
彼はシャワーの音に気付かず、リラックスした様子で鼻歌を歌っている。私はそのままそっとドアを閉め、ベッドに戻って考え込んだ。これって、騙されてるってこと?それとも、ただ気にしているだけ?いや、でも彼、ずっと隠してたよね?
そう考えると、胸の中に何かモヤモヤしたものが広がってきた。私は、気まずさと混乱が入り混じる中、急に一刻も早くこの状況から逃げ出したくなった。ベッドに座っているのも耐えられなくなり、そっと立ち上がって部屋を後にする決意をした。
エレベーターのボタンを押しながら、頭の中では彼とのやりとりがぐるぐる回っていた。「完璧だと思ってたのに…」そんな思いが、心にひっかかる。結局、外見なんて些細なことだってわかっているのに、どうしてこんなにも動揺しているんだろう。
彼からの着信音が何度も鳴り響く。電話に出ようかと迷いながらも、結局私はそのまま部屋を後にした。何かを隠していた彼に対する不信感が拭えないまま、心の中で「これでよかったのかな」と自問自答しながら帰路についた。
翌日、彼から「昨日のこと、話したい」とメッセージが届いていたけれど、私はまだ返信をする気にはなれなかった。いや、問題は髪のことじゃなくて、彼がそれを隠そうとしていたことだ。果たして、彼ともう一度向き合うべきなのか、それともこのままフェードアウトするべきなのか…。モヤモヤとした感情は、まだ整理がついていない。
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