八津村
翡翠
壱
東京の喧騒を背に、藤井祐一は山間部の村、八津村へと向かった。
地方伝承に興味を抱きながらも、オカルトに懐疑的な彼は、言霊信仰が本当に村に根付いているのかを確かめたかった。
八津村は、かつての豊かな時代の面影を残しながらも、今では人口が激減、廃れた風景が広がっていた。
木造の古びた家、大きな亀裂が入った道、そして澄んだ空気――
その静けさは霧のように村を覆っていた。
村に入ると、外部の者を警戒する殺気立つ視線を感じた。
村人たちは、よそ者に対する無言の敵意が有り、特に「言霊」という言葉が口にされると、一層の沈黙が場を支配する。
藤井が取材を進めようとすると、村人たちは突然、何かに怯えたように顔を伏せ、足早に去っていく。
その振る舞いに、藤井は不安を覚えながらも興味を募らせ、さらに取材を進める。
彼の行き先は、村の歴史を受け継ぐ郷土資料館だった。
そこで待っていたのは、風貌からして村の古代を生きてきたかのような長老だった。
長老は寡黙で、言葉少なに藤井を迎えたが、その眼差しには何か言い知れぬものを宿っていた。
藤井が言霊について尋ねると、長老は最初は答えるのを躊躇った。
しかし、強い意志を感じ取ったのか、彼に村の古文書を見せた。
古文書には、呪われた言葉がどのように現実を歪め、魂を奪っていったかが、細かな筆致で記されていた。
言霊の恐ろしさは、単なる遊びではなく、現実を操作し、人々の命を飲み込む力を持つという。
長老は、藤井に対して厳しく警告を発した。
「この言葉の力を軽んじるな。言葉は、生きているんだ。」
その一言に、冷たいものが背中を走る感覚がした。
だが、藤井は恐怖を押し殺し、取材を続けようとした。
何かが自分を引き寄せる。
それが、記者としての好奇心か、何かもっと深いものかは分からなかった。
その夜、藤井は奇妙な夢を見た。暗闇の中、誰かが囁く声が聞こえ、その言葉が次第に形を持ち、目の前に現れる。
「悪しき言葉を発した者は、その言葉に呑まれるだろう」
目覚めた時、藤井は強烈な不快感に襲われていた。
八津村 翡翠 @hisui_may5
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