無色の道に足跡を
藍葉詩依
無色の道に足跡を
人生に地図があればいいのに。
小さい地図でいい。どこまで行けるのかがわかる地図。
それか、ゲームのように行き先を示してくれる地図。最終的にここまでたどり着けば、ゴールだよって教えてくれるものが欲しい。
そう願っても世界は広くて、今や飛行機を使えばどこにでも行けてしまう。
だからこそ、僕はどこに行けばいいのか分からない。
親や友達に流されるまま、進んでいく道と日常。
別に、流れに身を乗せて選んだ道に後悔した事は無いけど、いつまでも成り行きに任せる訳にはいかなくて、どこへ行くのか選択する日がやってきた。
進路相談。
中学の時からずっと嫌いな四文字だ。
中学の時は家から近くて友達もそこへ行くからと高校を決めた。だけど今回はそんなふうに決められない。
大学へという道は既に絶たれていて、僕が進むのは就活というこれまたあまり目にしたくない文字。
問題はどんな仕事をするか、だ。
いくら仕事がないと言われたって、じゃあ求人が数えられるほどしかないのかって言われたらそれは違う。
何百、何千とある中から一つの会社を見つけないといけない。
この時に困るのが、僕には特にやりたいこともなければ、得意なことも無いこと。
友達は絵を描くことが好きでイラストレーターになりたいって言ってたり、小説家になりたいって言ってたりするけど、僕には頑張って叶えたい夢なんてない。
夢どころか、普段の持ち物にもこだわりは無いし、今まで特にこれが好き!というものに出会ったことがない。
色で例えるなら完全な白。無色だ。
これは、流されるままに生きてきた弊害かもしれない。
夢ややりたいことがある人はとても眩しくて、たとえ進んだ先が不安定でも、僕から見ればとても眩しいし、少し羨ましくもある。
行きたいところがある人も同じくだ。
「おい、
「あぁ、うん」
肩を軽く叩かれて、名前を呼ばれていたことに気づいた。
足取りは重いまま教室の扉をカラカラと開く。
いつもは多く並んでいる机が隅に追いやられて、中心に向き合う形で並べられた机。
中学の時の再来だ。
「藤原、遅いぞー」
「すみません……」
ちらりと時計を見ればそこまで遅れた訳では無いから、多分この先生が帰りたいだけだなと察することが出来た。
「まぁ、座れ」
先生の声に従って、椅子に腰を下ろせば、藤原は就職するんだよなと早速言われた。
「そうですね、大学に進学するお金もないので」
「今は奨学金制度もあるぞ?」
「そこまでして大学に行く理由もないです」
素直に応えると先生はぱちくりと目を瞬かせた。
「藤原は真面目だな」
「え……」
「俺は遊びたいことを理由に親が勧めた大学に入ったぞ」
からりと笑った先生に思わずジト目を向ける。
先生が何を言うんだ、と思ってしまうのは仕方がないだろう。
「先生って言ったって一人の人間だぞ?全員が全員立派な先生になりたいって目標を持ってるわけじゃない」
「はぁ……じゃあなんで先生は先生になったんですか」
「教員免許を取ったのが一つ、もう一つは安定。まぁサービス残業ばかりの現状を知っていれば絶対選ばなかったな」
「それ僕に言っていいんですか……」
もはや呆れを交えて言えば、先生は藤原は言いふらさないからと楽しそうに笑う。
「それに、今はサービス残業だらけだけどこの仕事にしてよかったと思ってるよ」
「先生が?」
僕の担任はあまり生徒と関わらない。
その距離感が生徒からは人気だけど、生徒が好きっていう感情はなさそうだっただけに先生の言葉は意外だった。
「生意気なやつもいるし、まだまだ子供だなって感じることは多いが色んな奴を見るのは楽しいからな」
「へぇ……」
「藤原はきっと俺と一緒だろ。今まで流れに任せてきた奴」
図星で思わず目を逸らす。
「別に無理して好きなこととかしたいことを探さなくたっていいよ。今はお前が絶対に避けたいったいう職種を省いて、社風や条件がいいところを選べ」
「……そんなんでいいんですか」
「いいんだよ、生きていけるから」
確かにお金と生活力があれば、生きていくことは出来るだろうけど、本当にそんなのでいいんだろうかとぼんやり考える。
すると先生は口角を少しあげて、また口を開いた。
「まぁ、あとは普段しないこととかしてみると楽しいかもな。なにか見つかるかもしれないぞ」
「例えば?」
「例えばー……そうだな」
先生は教室をぐるりと見渡したかと思うと窓へ視線を向けて、空、と呟いた。
「え?」
「空を撮ってみるとか」
「……楽しいんですか?」
「わからん」
先生の返答に、ただ思いついたことを言っているだけだということを理解して、話を終わらせるように、とりあえず就活します。とだけ言い残して教室を出た。
いつも一緒に帰っている奴らは、既に面談を終えて帰っているから一人だけの帰り道。
賑やかな帰り道が、一人というだけで取り残された気分になるのは、将来に不安があるからだろうか。
夏を感じられる積乱雲を見上げて、スマートフォンを取りだしたのは先生の言葉が頭の隅にあったからだ。
パシャっと音をたてて小さな画面に保存されたのは何の変哲もない空。きっと、数年たった後にこの写真を見れば、なんでこんな写真を撮ったのかすら忘れてしまうだろう。
そう思いながらも削除する気にはならなくて、そのままにした。
その後の高校生活もふらふら、ふわふわとまるで雲みたいに流されながら過ごして、結局僕は先生が勧めてくれた、ホワイト企業といえる会社へと入社した。
成人して大人と呼ばれるようになった今でも、これが好きだと言えることは未だに見つからないし、あいかわらず流されるまま。
だけど、空を撮ることは今でもたまにしている。
空を撮る前には五十も無かったカメラフォルダが、気づけば二年間で百を超えている。
カメラフォルダに並ぶのは初めて撮ったあの日と同じように何の変哲もない空達。
たまに透き通った空やグラデーションが綺麗な夕焼けが撮れていたりするけど、それは偶然で。SNSに流れてくるような人を引きつけるような写真は全然ない。
それでも、一度撮った空を消そうとは思えなかった。
今日もまた、なんとなしにスマートフォンを空へと向ける。
パシャリという音と共に先輩、と呼ばれて後ろを振り向けば後輩がいた。
「どうした?」
「確認して欲しいことがあったんですけど……先輩また空撮ってたんですか?」
「またっていうほど撮ってないだろ……」
そう返せば後輩は呆れたように深く息を吐き出した。
「何言ってるんですか、結構な確率で撮ってますよ。それに先輩は写真撮ってる時楽しそうですし。よっぽど空が好きなんですね」
予想外な後輩の言葉に俺は馬鹿みたいに目を瞬かせる。
「好き?」
これが?と思った。
周りにいる奴らが好きを語る時は、すごく楽しそうで、夢中になっているやつばかりだ。
僕は写真を撮る時に、我を忘れるほど夢中になったことは無いし熱く語ったこともない。
ただたまたま、時間があるから撮っただけ。そんなものだ。
「違うんですか?」
「……わからん」
どんなふうに感じることが好きなことになるんだろうと思考を巡らせていると後輩は可笑しそうにくすくすと笑いだした。
「おい?」
「先輩、仕事は出来るのにバカですね。無意識にしてしまうなんてよっぽど好きじゃないとしないですよ!」
後輩の言葉に少しだけムッとしつつもその言葉は案外しっくりときた。
確かに、嫌いなことや苦手なことには手が伸びない。
僕はもう一度空を見る。
後輩も僕に習うように空を見上げた。
「……案外、流されたままでも見つけられたんだな」
「え、何がですか?」
「いや……お前は夢とかあるの?」
「夢っていうか、彼女と結婚したいなぁって願望はありますけど……」
「そっか」
好きなことを見つけても相変わらず、明確な夢ややりたいことは無い。
だけど、それもいいかもしれないと思った。
目標となる場所も、そこに行くまでの地図も見つけることは出来ないまま、ふよふよとさまよう日々。
それでも、歩き続けることはできて、歩き続けた道には何も無いと思っていたけど、カメラフォルダにある空を足跡のように並べれば、その道は途端にカラフルになる。
この先、やりたいことが見つけられるかは分からない。
今は地図なんてなくても良かったと思えているけど、もう一度、地図を望む日が来るかもしれない。
それでも、僕はこんな人生も悪くないと思った。
無色の道に足跡を 藍葉詩依 @aihashii
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