第10話

 夫人と令嬢は二日お泊まりになって、悲壮感たっぷりでお帰りになりました。


 何もすることがない。

 美味しいケーキなどを買うにもお店がない。

 お風呂用の薪を買うお金が足りないので水風呂。

 薪を買うにも店がないし、領民から譲ってもらおうにも出せるお金がない。

 (自分たちのお小遣いは出さない)

 ロジェス卿をなんとかしようにも動かない。

 ロジェス卿が時折り発狂して家具を外に投げる。


「無理よ!!」

「ここは牢獄なの!?」

 キーキーと私を牢獄に引き入れたうちの二人が騒ぎます。


 マリーは夫人と令嬢が嫌そうに連れて行ってくれました。マリーは別の馬車を用意して拘束されての移動ですが。


 ヒステリーがちない二人とマリーがいなくなっただけで天国のようですわ。


 いっそロジェス卿も連れて行って欲しいのですが彼はここに隔離されていますから仕方がありません。



「静かになりましたね」

 ガシャーン!!

 セバスチャンがホッと一息ついたらすぐに、窓のガラスを叩き割ったような音が。

 あれはもう犬の遠吠えと同じレベルだと思えば良いです。


「窓・・・」

「入れ替える予算はないので自分がしたことが理解できるまで放置しましょう?」

 虫が入ろうが、寒かろうが知ったことではありませんよ。


 窓ガラスが一枚で一体どれだけのお砂糖が買えますか?

 そのお金を孤児院に使って欲しいものです。


 仕える価値がなくとも主家の次男様ですから、セバスチャンは手を出さないでいるのが心苦しいようです。


 四日後、蛾とクサムシに顔面に張り付かれたらしいロジェス卿は、セバスチャンとジョルジュに怒鳴りつけました。

「なぜすぐに直しに来ないんだ!!」

「旦那様が投げ捨てたり壊したりした物の金額がお分かりでしょうか?」

「そんな物知らない!!いつも勝手に用意してえるではないか!?」


 寒かったからかまたしばらくお風呂を使用してないロジェス卿はますますヒゲと髪が荒々しく状態です。

「勝手に、と申されましても勝手にしていたマリーは本家に戻されましたよ」

 マリーが居ないことにも気が付いておられなかったようで、ロジェス卿は呆然とされていました。


「マリーがお部屋を整えて、衣服や食器など揃えるのに今年度の予算はほぼ使いきってしまったので予定外の事柄に予算は出せませんよ」

「おおお金がない!?」

 真っ青になられたロジェス卿は後ろに倒れました。

 男爵令嬢との日々で困窮した記憶が読みがえってのでしょうか?


「平民の暮らしを知ったはずなのに無駄に物を壊すだなんて、ちょっとおバカさんなのですか?」

 駆け落ち前もその後も存じ上げませんので、ロジェス卿の性格も頭に出来もわかりません。


「・・・それなりに人に寄り添う心をお持ちの気の優しいお方でした」

 故人を偲ぶような空気です。


 愛した女性に裏切られ、粉々になった自尊心がこうさせたのなら、お気の毒ではありますけどねぇ。


「セバスチャン、窓に余っている木材でも打ちつけて差し上げたら?」

 ガラスは大変高価ですからね。

 また割られても業腹ですから、物置や納屋に大嵐の時の補強に使うような板があるはずなので、それを使いましょう。


「それもそうですね」

 気を失ってるうちに身体を清めたりヒゲや髪を整えて差し上げたらどうかしらね。暴れないうちに。

 あ、でも勝手にやるとまた勘違いするのかしら。


 翌日、ロジェス卿は窓の板を見て苛立ちが頂点に達したのか、「ギィーーーーーーァァァ!!!」と叫びながら板に椅子を投げつけて、地団駄を踏まれたようです。


「ガラスはもう無理ですね」

 ジョルジュが書類を運びながら呟きました。

 マリーを押し込んだ地下に入れたら、ご実家から私がお叱りを受けますかしら?


 セバスチャンは無言で、板と金槌と釘を部屋に届けた。

 荒ぶる人に武器を差し出しては駄目じゃないかしら?


「ヒヤァーーーーーー!!!!!」

 その夜、蜘蛛や蛾が顔に付いたと絶叫をあげて板を打ちつけている音が響いて大変迷惑しましたわ。


 窓や扉がいかに大切か気が付いたならもう壊さないで欲しいものです。



 しばらくは窓を開けて物を放り出していたようですが、ついに着るものが限界になったようで、セバスチャンを呼びつけました。


「服や下着は洗濯して使う物です。使い捨てなどする費用はございません」

 普通に籠に入れて出せば洗濯番が洗ってくれるのですが、ロジェス卿は臭くなったら窓からお捨てになりますので、洗濯に回していません。


 が、元は質の良い物で使い捨てなどもってのほかです。

 ゴミとして回収したのちこっそりと洗濯番の人に特別手当をだして洗ってもらい、その後売りました。

 売りに出そうにも隣の街までいかなくてはですので、大変な手間ですが勿体無いですから。

 そもそもご友人すら訪ねて来ないこの地で都会の貴族が着るような衣装は必要ないです。


「何を着ろというのだ!!」

「知りませんよ」

 ジョルジュはだいぶロジェス卿が嫌いになってきています。黒字にしようがない領地でやり甲斐が無く、仕える相手がアレですから冷たくなるのも仕方ないでしょう。


「使用人の服しかありませんし、それも数はないので洗濯をして使いまわしてください」


 またロジェス卿は倒れました。

 食事はそれなりに食べてらっしゃるのに、弱ってしまわれたかしら?


「癇癪持ちは大奥様の気質でしょう」

 

 まぁ、癇癪でお倒れになりますの?

 それは難儀なご家系ですこと。





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