第9話
「うるさい!!静かにしろ!!ふざけるなよ!」
夫人とマリーの雄叫びを止めたのは、大事な大事な息子さまでした。
ロジェス卿は扉を激しく叩きつけて開け、マリーの部屋で怒鳴るとまた戻って行きました。
最愛の母親と乳母に随分と冷たいことです。
ピタッと止まった夫人とマリーはとんでもない姿になってました。
髪を引っ張り合っていたのでもじゃもじゃどころか禿げてしまわれたのかも。
お衣装もズタボロですし、引っ掻き傷もたくさん出来てます。
夫人はともかく使用人であるマリーが侯爵夫人に対してここまでしてしまうと大問題ですわねぇ?
「マリー、お前はなんて言うことを・・・」
セバスチャンの声で冷静さを取り戻したマリーは目の前の夫人の姿に蒼白になりました。
ロジェス卿と引き離された苛立ちで正気を失っていたとは言え、夫人の顔や身体に傷を作り、髪まで毟っては、さすがに処罰は免れないでしょう。
私はここまでの想像はしていませんでしたが、この家からは確実に出て行くだろうことは嬉しい誤算です。
「申し訳ありません!!!奥様ぁ!!」
「許すわけないでしょうがぁああ!!」
第二ラウンドが始まってしまうかと慄きましたがセバスチャンとジョルジェが二人を引き離してくれました。
マリーはやり過ぎてしまったので地下室に閉じ込めるそうです。
地下室があったのですね。
夫人の手当ては料理番のローラが担当してくれましたわ。
「お母様、気が狂ったのかと思いましたわ」
令嬢は呆れた様子で声をかけると夫人がプリプリと言った様子で捲し立てました。
「失礼ね!アタシは生まれた子をすぐに乳母に奪われたのよ!あーたもあの子も嫡男すらも産んだ日に取り上げられて床上げまで会わせても頂けなかったのよ!それをあのババァめ!!」
まぁ!良いお家は自分で子育てをしないと教わってはいますが、夫人の意思関係なく取り上げられてしまうのですか?
「当時はお義父上もお義母上も健在で嫁のアタシの出番なんて無いんですのよ・・・」
あら・・・他所の事情は外からは解らないと申しますが、家で権力を振り翳してると思われているロジェス夫人も舅姑には逆らえませんのね・・・。
産後の恨みは末代までと言う感じだそうですわ。切ないことですね。
「お母様、そんな目にあったならなぜ他所の娘をこんな不幸な婚姻に突き合わせたのよ!」
「不幸ですって!?アタシの可愛い息子の嫁になれただけでも幸せでしょうが!」
あら?息子は何をしても可愛いのですか。
「どこが可愛いのよ!!?ヒゲも髪もボーボーで臭いし、仕事もしないし、初夜も何もない上にマリーがうるさかったのよ!こんな結婚私だったら自殺してるわ!?」
あらまぁ!死を覚悟するほど!?そんなに不幸な状況ですのね?
あのボーボーで臭い状況で迫られても不幸なんですけど。あ、あの状態は私が発端でしたから、最初の頃でしたらマシでしたかしら?
でも白い結婚で構いませんのよ?
「だってかわいそうでしょ?好きだった女に裏切られて!」
平民になって自分で家事をしようとするほどの想いだったのは素晴らしいのですし、そこまでの覚悟をお相手が持っていなかったのはお気の毒です。
「だから家柄もよく、前夫に愛人がいても文句ひとつ言わなかった大人しい子だって聞いたら、あの子にちょうど良いかと思ったのにぃこんな気の強い子だったなんて詐欺よっおおおお!!」
それは申し訳ありませんわ。
でも私も散々でしたので開き直りますよ。
「孤児院で子供たちを愛情深く育てていたって報告もあったから、あの子を任せられると思ったのにぃいい!」
嫁を母親にしようとしていたのですか?
「お母様!夫に尽くせるのは愛情がある場合ですわ!助けてあげようと思える愛を感じられる関係があってこそでしょう!?あんな臭い男無理よ!!」
令嬢は弟可愛いが無くなるとお話が通じるお方だったようです。
「でも初恋・・・」
「ではありません」
「うちの息子は顔も綺麗だし頭も良い方だし・・・」
「私の好みではありません」
「でも・・・」
息子様のプレゼンはもう良いのですが。
「まず私は孤児院を離れたくありませんでした。この婚姻のために強引に連れ戻され、事情を聞かされないままここに連れて、この家で出迎えてくれたのはセバスチャンとジョルジュだけです」
夫人も令嬢もどんどん顔色が悪くなって行きます。
「ロジェス卿は晩餐にも初夜にも姿をお見せになりませんでした。その後マリーに坊っちゃまに寄り添えとか尽くせと言われましたわ」
お二人も女性なので私に与えられた屈辱がいかほどのものかは想像が出来るでしょう。
「その前に私は婚姻届も婚姻誓約書も署名した覚えが無いのですけどね」
政略結婚で誓約書無しだなんてあり得ないでしょう。
「それは当主同士で・・・」
子供は家の駒ですしね。
「出されてしまったものは仕方ないですが、ロジェス侯爵夫人、このまま婚姻を続けろと言うならば、白い結婚を承諾すると署名してくださいな」
これは絶対です。歩み寄る気は無いです。
「そんな・・・」
「もし子が生まれたとしましょう?その子は社交界にでられませんよね?学園に通えますか?この領地から出られますか?」
夫人と令嬢はもちろんセバスチャンもジョルジュも息を飲みました。想像したことがないのでしょうか?
「フール公爵家に睨まれた男の子供は婚姻先が見つかるのですか?」
実家がロジェス侯爵家だとしても、難しいのでは無いでしょうか?
「駒にも出来ぬ幸せにもなれない子供を産む必要性がありません」
「悪いのは男爵令嬢でうちの子じゃないのよぉ」
「でも実際は幽閉扱いではないですか」
もう家のせいで不幸になる子なんていらない。
「あーたはそれで良いの?子を産めなくて」
「多少の憧れもありますけどロジェス卿は無理です」
「あの男爵令嬢は隣国に嫁いで半月で娼館に売られたそうよ」
「まぁ」
白い結婚には承諾してくれました。
三年後離婚で自由になる時、手切金もくださるようです。
私の状況を見てこの婚姻は無理だったとロジェス侯爵にお話ししてくださるそうです。
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