第8話

 私に兄や父がどんな契約をしたのか存じ上げませんけど、本人の承諾なしに人前に出られないロジェス卿の人生に巻き込んだロジェス家に従う筋合いはあるのかしら?


 あるんでしょうね。ハート家が利益を得ているなら。家を出る娘が犠牲になると言う貴族の常識には心底腹が立ちます。

 

 何が私のためですか。教会より幸せですって?ここに一生閉じ込められるのが?

 兄にはぜひ地獄におちていただきたいわ。


 あれからロジェス卿は食事は取り、お風呂も入るようですが部屋に引き篭もり状態です。

 マリーのことはセバスチャンとジョルジュと相談した結果、王都の本家に送り返す方向にまとまりましたが、あちらからの連絡待ちだそうです。

 ロジェス卿付きに戻せば、また同じ状況になるでしょうからね。

 マリーが私に文句を言わないなら別にロジェス卿がどうでも構いませんがとにかくうるさいんですの。


 

 しばらくは似たような日が続いて、少し肌寒くなった頃、王都からロジェス侯爵夫人と令嬢が我が家?と言って良いのかわかりませんけど、やって参りましたの。


「まぁ!ド田舎ねぇ。カイラスが可哀想ですわ」

「こんなところで住むなんて嫌になるわ」

 庭や屋敷を無理なり、貶しまくっています。そちらは用立てた場所でしょうに。


 私は玄関ホールでお出迎えしましたが、お二人は私に姿が気に入らないようです。


「まぁ!あーた!ロジェス家の嫁がそんな流行遅れでくたびれたドレスを着てるなんて恥ずかしいわ!」

「お化粧も髪結もなさってないなんて貴婦人としてありえまえんことよ」

 親娘で姦しいことです。


 いきなりやってきたお客ですので私はいつものディドレスです。流行り廃りのない定番品です。孤児院の時も使っていたので多少傷んでますかしら。


「そう言えば名乗っていなかったわね。私はカイラスの母ミーガン・ロジェスですわ」

「私はサマラ・ロジェスです」

 たいそう上からのご挨拶をいただきました。


「私はフォルテナと申します」

 軽くカーテシーをしてあいさつです。

「あぁら?うちの家格では苗字を名乗りたくないと仰るのね」

 なんて言えばよろしいのか?


「急な婚姻でいきなりここに連れてこられ、婚姻届も誓約書も書いた覚えがないのですので私は今名乗る名はありませんの」


 セバスチャンに聞いてもこれだけは濁されますのよ。


「まぁ!そんな物はお父様たちで書いて出しましたわよ」

 はい!犯罪ですわよ!

「どうせ家同士の契約なんだから一緒でしょ!」

 令嬢、ロジェス卿のお姉様は深く考えずにものを仰るようです。

 セバスチャンが出したお茶を飲む姿は優雅ですけど、なぜか少し粗が見えてしまうのは気のせいかしら?


「で、マリーを連れて帰れってどう言うことかしら?」

「そうよ!マリーはカイラスが一番頼りにしてるのよ」

 頼りねぇ?

 依存の間違いではないかしら?


「マリーはロジェス卿を可愛がるあまりにお人形にしてしまったのですわ」

「はぁ?それにロジェス卿って何よ!夫のことを他人行儀に」

 他人ですもの。

 お姉様もかなりのブラコン臭がします。

「こちらに参ってからお出迎えもなく、まとも会話をしたこともないのでお名前をお呼びする許可も得ておりませんので」

 怒鳴られて、現実を知らしめましたけども。


「あの子は今落ち込んでいるから」

「そうよ!貴方が優しく接して心を癒してあげるのよ」

 この親娘ムカつきますねぇ。


「私の家族とどう言ったお話が成立しているのか知りませんけど、ロジェス卿の状況を知らされず、社交界から締め出されたこの家に軟禁されることを知らなかったのに、ロジェス卿のお世話を一令嬢に全て押し付けてお任せは無理がありますよ」


 貴族のほとんどが愛情を必要としない契約結婚ですから、夫どころか子育ても干渉しないことがほとんどですよね。

 お世話をさせたいなら「介護」だと知らせて契約を結ぶべきでしょう。

 それともあの愚兄がそう言った契約に署名をしてしまったのかしら?


「まぁ!初恋が叶ってお世話もさせて貰えるなら幸せでしょう?」

「そうよ!お世話させてあげるのよ!孤児院の小汚い子供のお世話より断然幸せでしょう」

 また初恋。愚兄がそう言ったんでしょうけど。


「勘違いです。ロジェス卿は私の初恋ではありませんし、むしろ嫌いなタイプです」

 子供の頃は優しい雰囲気が兄より良いと思いましたが、自分の役割を放棄して思い通りに行かなかったからと殻に閉じこもっている人のどこに好感が持てましょうか?


「初恋じゃない!?」

 どうしてそこまで驚かれるのかしら。


 セバスチャンに一つお願いをしました。かなり微妙なお顔をしましたけど、今この家で命令権を持つのは私です。本来の主人は引き篭もりですからね。


「孤児院の小汚い子・・・と仰いましたので一つ現実を教えて差し上げますわ」

 セバスチャンが持ってきたのはロジェス卿のベッドシーツとズボンです。

 マリーが助けられないのでお風呂や食事はするもののお洗濯までは気が付かれないようで。

 昨日また臭くなったシーツやズボン、下履き、靴などを投げ出しました。

 部屋の中の衣料品が尽きた後は如何なさるのかしら?


 触りたくも無いんですが、セバスタウンも臭気を我慢して運んでくれたので私も我慢です。


「こちら、孤児院の子供達よりマシらしいお方の今の香りですのよ」

 セバスチャンが持っていた籠を引き取って、中身をバーンとお二人にぶん・・・放り投げて差し上げました。


「いやぁ!!臭い!!汚物!?」

「なにするのよ!!何この腐った臭いは!!」

 お二人はシーツをしっかり被ってしまってしばらく臭いに包まれています。


 私の可愛い子供たちを馬鹿にしたからですよ?











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