第3話
婚姻誓約書には、
閨を共にしない。(ジューン・アルサスの意向)
妻としての役割、夫人としての仕事をしない。(ジューン・アルサスの意向)
三年子供ができなかった場合離婚。
白い結婚であった時は、三年後の離婚時、持参金の倍の慰謝料を払うこと。
一方的に罵ったり暴力を振るえば即離婚、持参金の三倍の慰謝料を払うこと。
離婚後、復縁を求めることはしない事。何事も関わることはしない事。
と言った感じで文言を並べた。
閨を共にしない、白い結婚だった場合と並べてあるので、すでに破綻しているけれど、気が変わって強要されては困るので、きちんと入れました。
アルサス卿が確認さえしていれば、内容は変えられていたかもしれませんね。
離婚届は、私に同情的な従者に馬車を出してもらい、ルーナに役所へ提出に行ってもらった。
私は本邸に入居時は、嫁入り道具として家具などそれなりに持たされて来ましたが、いつでも出ていけるように、離れで住むことになった時点で高価な家具は売りました。
売れない物、売りたくない物は友人に預けて、離れの家具は本邸もあまり物、カーテンなども、カトラリーも全てあり物で過ごしました。
ドレスもほとんど手放し、普段用三着、外出着三着、裁縫道具とわずかな本、最低限の美容品だけいつでも持って出れるようにトランクにある程度入れておりましたの。
ルーナの帰宅を待っている間に、離れで仕事をしてくれた侍女や料理人、庭師などの希望者には紹介状を書きました。
このまま出て行くので「今までありがとう」と言いましたら泣かれてしまいましたの。
ルーナが戻り、荷物はもう纏まっているということなので、馬車をもう一度出してもらうことになった。
「ごめんなさいね、もうアルサス家のものではないのだけれど、悪いわね」
彼は「とんでもないです」と馬車を出してくれた。
行き先は教会です。アルサス領の隣の領地なのです。
「無事に送り届けてくれてありがとう。感謝するわ」
時間外に予定外のお仕事をしてもらったので私のへそくりから金貨一枚を渡したら「とんでもねぇです」と固辞されてしまったけれど「気持ちなの」と受け取ってもらった。
夜遅くなってしまったけれど、教会は迷える子羊に常に手を差し伸べてくださるのです。
「ごめんくださいまし」
ルーナが声をかけると、年配の神父が出て来てくれました。
「貴女は・・・」
「どうか白い結婚の証明をお願いいたします」
神父に跪き、手を取って必死にお願いしました。
「ついにですか・・・シスターと医師を呼びます」
「遅くにすみません」
こうして私は純潔の証明をして頂いて、婚姻無効を勝ち取りました。
アルサス卿は、私を頻繁に怒鳴りに来ていたので三倍の慰謝料を請求されることになったのです。
正式な契約書を使っているので、離婚後速やかに公的機関が慰謝料を取り立て、私の口座に入金んされるはず。
実家に帰ってもまた結婚させられるだけなので、教会で孤児院のお世話をしたいと申し出てすぐに許可をもらえた。
住み込みでルーナと二人、頑張れそうです。
貴族の男性にとって、もちろん女性にとっても、白い結婚を明らかにするのは恥です。
ですが、純潔を重んじる貴族の婚姻、白い結婚を証明しないまま離婚すれば、次の再婚はかなり歳の離れた相手の後妻や難ありの家門にしか相手にされません。
私は再婚を望んでいませんが、あの結婚で純潔を失ったと記録に残るのは我慢なりませんでした。
アルサス卿にとっては、白い結婚の公表は一番最悪な出来事です。婚姻前から愛人を持ち、家同士で何らかの約束の上での結婚で妻を蔑ろにし、白い結婚を申し立てられるほど憎まれた男、両家の約束も妻の立場も守れぬ無能として、今後は無責任な男だと言うレッテルが貼り付けられたのです。
私にしてみればまだ優しい報復だと思いますが、アルサス卿は恥辱に塗れたとお嘆きになるしかないでしょうね。
私の父は典型的な貴族と言える人です。子は親に従い、嫁と娘は逆らうことは許さない。自分の立てた計画通りに進まないことが大嫌いなタイプです。
今頃は怒りくるっていることでしょう。
私は離縁のついでに実家からの籍も外しました。婚姻で〈私〉の所有権はアルサス家に移っていたので、アルサス家から離縁する時に実家への復籍を望まなかったので。
今の私はフォルティナ。苗字を持ちません。
一緒に来てくれたルーナには退職金を渡して、実家に戻るように言いましたが拒否されて、今も一緒にいてくれます。
教会にはお手伝いで置いてもらうと言ってもお給金は出ません。最低限の衣食住が与えられますので十分ですが、貯金からたまには新しい衣服を買ったり、多少の贅沢が出来ます。
持参金や慰謝料は教会にお布施しようと思ったら、いざという時のため残すようにルーナに言われて保留です。
優しい神父さまとシスター、子供達と暮らし始めました。
私は貴族に向いていなかったのです。
子供たちと洗濯をして、お話をして、たまにお菓子を作って。
寝かし付けはとても大変です。幼い子は親に暴力を振るわれたり、貴族に親を殺されたり。理由は様々。理不尽な目に遭った子は夜中に何度も魘され泣き叫びます。
添い寝して背や頭を撫でるしか出来ません。
少し大きな子も急に不調を起こします。心の傷は何度もその傷口を開くのです。
私は己の未熟さに涙します。
この子たちを救うための魔法が欲しい。
たまに教会に来ていただけの時には気付けなかった子供達の現実は過酷です。
私が遊びに来れば笑顔で飛び付いてくれた子たち。見えないところではとても苦しんでいました。
新しい子がやって来るとみんな揺り戻しがくるようで、シスターはやり切れないけれど少しずつの変化で良いのだと仰いました。
孤児の子はたまに里親が現れるけれど、ほとんどの子は商家の下働きかお針子見習いになるのだと教わりました。
困ったことの一つに、髪の手入れが困難だと言うことがありました。
私はお尻より下まで髪を伸ばしていたので洗うのも乾かすのも梳るのも時間が掛かります。
ルーナと同じくらいの肩下で切りたいと言えば、ルーナもシスターも反対しました。
でもとても邪魔なのです。
数日話し合って、背中の真ん中ほどで切ってもらえました。
髪は売れるそうなので売ってもらいました。そのお代でお砂糖が買えたので私は嬉しいです。
髪が軽くなって、まとめるのも簡単で嬉しいのにルーナはブツブツ言います。
平民のほとんどの女性が肩上で揃えているので、苗字の無くなった私にはまだ長いのですよ。
このまま、ここで暮らしていけたらどれだけ良いでしょう。
本当なら隣国まで逃げるとか、アルサス家やハート家の手が届かない場所に行くべきだとは思っていました。
ですが市井で暮らした事もなく、何の伝手もないのです。ルーナと二人、土地勘の無い場所に行くことは決断出来ませんでした。
私が商才長けて、人との交流が上手ければ。たらればと思っても、現実は世間知らずで、学園と家を往復するだけが外部に出る機会で、うまく行くはずもない縁談を父にNOと言える気の強さもないただの籠の中の鳥でした。
一度アルサス家の伯爵夫妻が「戻って欲しい。白い結婚を解消して真実の夫婦になってアルサス家を盛り立てて欲しい」と頼みに来ました。
ご本人がミュゼを手放せないのにやり直しなど有り得ないでしょうとお帰りいただきました。
「真実の愛」を押し除けて「真実の夫婦って」っとルーナが笑い転げました。
書類にサインしたらみんな「真実の夫婦」と認定されますけどね。面白いです。
「貴女も夫に顧みられなかった妻って一生言われてしまうのよ?」
言われても言われなくても、一生アレにお付き合いさせられて、謎に怒鳴られて暮らすよりは、マシだと思いますよ。
「口で言われることと、真実そのような状況で暮らすのは大差ないと思います」
「だから白い結婚は解消してきちんと夫婦になってって言ってるでしょう!」
気持ちの悪い。
自分の息子とさっさと寝ろと大声で仰るのね。
「お断りします。婚姻誓約書に何事も関わらないと、復縁はしないと書いています」
「そんなの聞いていないとジューンは言ってます!!」
この奥様はアルサス卿に見た目も頭もそっくりです。
「婚姻誓約書は正式なものですので、神殿にも王家にも認証を受けている内容です。アルサス伯爵家では神殿と王家に提出した書類が偽物だとでも仰いますか?」
夫婦揃って、目を逸らされます。
「息子さまに契約書の内容を一切確認せず署名をなさるようにとお教えですか?」
「そんなわけないだろう!!」
「馬鹿にしないで!」
言質は取れました。
「では神殿と王家に提出した書類は確認済みという事ですよね?」
重要書類に確認もせず署名をしたなどと誰にも言えませんよね。
「私は絶対に復縁は致しません」
ご夫妻は項垂れて帰られました。
恐れていたのは、今の私の身分が平民である事で貴族権力で無理やり連れ戻される事でしたが、契約書には復縁しない、一切関わらないと入れたので、連れ帰って私を復縁させようとしても、神殿がが却下するので、無理に連れ戻っても世間に公表できない嫁として閉じ込めるしかありません。
それでは落ちた信用を取り戻せず。復縁させる意味がないのです。
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