第2話

 驚いたことに、ミュゼはアルサス卿に「母上はダメだ」と言われて考えた結果、私の招待状を使って、ハルマン侯爵夫人の茶会に一人で参加したそうだ。


 友人が面白かったと手紙に詳細を送ってきた。


 ミュゼは、侯爵家の門でその装いに驚愕した門番が「本当に参加なさるのですか?」と動揺して聞いたくらいド派手で露出が激しいドレスで登場したそう。

 招待状を持っているから、断れず通したもののどう見ても怪しいと護衛の兵士が後をついて行った。


 しかし、自慢ではないけれど私は元侯爵令嬢なので、多くの貴族夫人は私の顔を見知っているのです。

 そして夜会ではミュゼが大きな顔をして参加しているので、ミュゼを見た夫人たちはすぐにアルサス卿の愛人が、夜会のように私の名前で参加しようとやって来たことに気が付いたのも当然のこと。


 ハルマン侯爵夫人は比較的良心的なお方だが、逆に不貞を堂々とする人間をとことん嫌っておられます。

 他の夫人たちとミュゼを嗜めてやろうと思ったのか席を勧めた。


「ねぇ!みんな女同士だって言うのに地味じゃなぁい!?もっと可愛いドレス着れば良いのにぃ!あ、ごっめーん!旦那さまが買ってくれないのぉ?」

と、始まって。用意されたケーキを手掴みで食べ始めた。

「可愛い!!でもちいさぁい!!ケチくさっ!!きゃはは」

 あまりにことに夫人たちも友人も未知の生き物を見たような衝撃を受けたそう。

「フォルティナもジェーンに一枚もドレス作ってもらってないんだぁ!愛されてないってかーわいそー!ねー?」

 私の名前を使って参加した席だと言うことはすぐに忘れたらしい。


 もはや戦意喪失してしまった夫人たちは表情も取り繕えず、無表情で目の前のナニカを見ていたと書いてあって、その光景が目に浮かんで思わず笑ってしまった。

 ミュゼを受け入れられないのは私だけじゃないと安心もする。


 ケーキを手掴みだなんて、汚れた手をどうしたのかしら?スカートで拭く姿しか思い浮かばないと思えば、テーブルクロスで拭いて、侯爵夫人はさすがに気持ちが立て直せなくなって、「気分が優れないので今日はおしまいに・・・」とお開きになったと。


 自分の常識に当てはまらない行動を起こされると脳が混乱するのよね。

 スカートでもありえないけれど、テーブルクロスは考えもつかなかったわ。

 昔はそのような使われ方もしていたそうだけれど、今は刺繍や布の素晴らしさを自慢するもので、お茶会に使っているのだからお茶が溢れたり、お菓子クズが・・・は想定していてもお手拭きにされたのはびっくりなさったでしょう。


 ミュゼは来たばっかりだとか、誰ともお友達になってないとか騒いだそうだけど、「主催である当家の奥様が体調を崩されたので」と従者に説明を受け。

「貴族の女は体が弱過ぎんのよ!!ほんとなんなのぉ!?」

 それなりの立場の夫人たちの前でスカートを持ち上げ足首をあらわにドスドスといった風情で出て行ったそう。


 その場にいらした方達に同情してしまう。

 でも、私の名前で、私の招待状で、問題を起こされてしまったのは由々しき事。


 友人の手紙の臨場感を楽しんでいる場合ではない。

 慌てて、ハルマン侯爵夫人を始め、同席された方達に謝罪の手紙を出した。


 夫の愛人が申し訳ないことをした。私は妻としての役割をすることを禁じられているのでアルサス伯爵令息夫人としては全てのお誘いは遠慮していること、本邸に届くお手紙には触れないことなどを、タブーではあるけれど、自分の不遇や立場を愚痴る内容を書き認めた。

 これは相当親しい間柄でないと恥ずかしいことだけれど、逆にそこまで追い込まれているのですといったアピールにもなる。

 

 要するにこんなことの責任は取りたくないので文句は直接アルサス家へと促してるのです。

 これによって離婚出来ないかなと少し期待も込めた。


 


 本邸で多少大きな音がしても私の住む離れには聞こえない。お茶会当日は遅くまでミュゼが荒れていたと言う。

 そして翌日にはアルサス伯爵夫妻がやって来て、アルサス卿、ミュゼを罵倒したのだそう。

 かなり恥ずかしい思いをしたのでしょうけど、私の傷付けられた名前や名誉の方が被害が大きいはずね。


 離れまでは来なくて安心したわ。

 愛人が本邸で、妻が離れ、愛人が妻の名前であちらこちらに参加しているだなんて、普通の感性をお持ちなら、私に文句など言えないでしょう。


 でもおバカの見本である本人たちは文句を言いにやって来たわ。


「お前がミュゼに同伴しないからミュゼが馬鹿にされただろう!!」

「いやぁん!!ミュゼのことバカって言わないでぇ!あのオバサンがぁ失礼なだけだってぇ!」

「お前がミュゼに教育をしないから!!」

 え?

 そんな契約はしていません。もちろん口頭での「何もするな」の中に、愛人の教育なんて入っていません。

 アルサス卿が目を吊り上げて、怒っています。


「愛人の教育はどなたの妻でも絶対致しませんし、そもそも私には仕事をするなとおっしゃいましたよね?愛人に教育が必要ならば、外に連れて行く前にそれなりの教師を雇って済ませるべきでしたね」

 私がアルサス邸に入る前からミュゼを連れて歩いておいて言いがかりも甚だしいことです。


「アルサス家に恥を欠かせないようにお前が気を利かせて頼めばすれば良かったんだ」

 この方の話は私には理解できないのですが、私の頭が悪いのでしょうか?


「私はアルサス家のために動く気はありません。夫と言う名の方が役割を果たさないのになぜ私がアルサス家のために動くようにと言えるのでしょう?」

 生活費は確かにアルサス家から、アルサス領民の税から、出ています。ですが仮にも侯爵家の娘を名ばかりの妻にしておいて、何もするなと言い、私の名を良いように扱う代金に見合っているのでしょうか?


「役に立たないと言うのだな!!ならば出ていけ!我が家の物は何も持ち出すな!!」

「えー!やっだぁ!かわいそー」

 真っ赤な顔のアルサス卿と可哀想と言いながら愉快でたまらないと言う大口を開けた下品なミュゼ。


 私は侍女のルーナに目配せし、机の引き出しから紙を取り出す。


「出て行きますので、離婚届にサインをしてくださいませ」

「な!!!」

 泣いて縋るとでも思っていたのかしら?


 神殿で署名するための婚姻届を入手の際、離婚届も手に入れるよう手配したのです。


 婚礼前から失礼な発言だらけだったのですから、当然のことに婚姻誓約書には私に不利にならないように色々盛り込んであります。

 婚約から婚姻、結婚式の全て私に押し付けていたアルサス卿は、署名が必要だと書類を渡せば、碌に確認もせず署名してくれたので、笑みを隠すのに苦労しました。


「早くしてくださいませ」

 なぜ侯爵令嬢である私が、思い合ってもいない伯爵令息を無条件で全て許し愛しているなどと幻想を抱けるのか。

 愛情など一度も持ったことがないのに。

 

 アルサス卿は私に愛されているから離婚といえば言うことを聞くと思っていたらしい。

 青天の霹靂と言った顔で口をパクパクさせていて、ミュゼが「変な顔~」と笑う。


「お前は俺に一目惚れをして無理やり結婚したんだろう?良いのか?本当に良いのか?」

 どこから生まれた誤解でしょう?


「私はアルサス卿とお見合いをさせられた日が初めてお顔を拝見した日です」

「は?嘘だ!お前が夜会か何処かで見初めたのだろう!?」

 私が夜会に出たころにすでミュゼを連れて歩いていたでしょうに、どこに一目惚れされる要素があるのかしら?


 見た目は・・・私の好みではないですが、それなりに整っていらっしゃるでしょう。

 でも一目で目を惹くほどとは思いません。


「私は父に断ってほしいとお願いいたしましたが貴族の役割だと無理矢理納得させられました。婚姻を望んだことはありませんし、むしろ嫌でした」


 アルサス卿は「そんなバカな」と震えています。

「ジューン、あいつが横恋慕してとか言ってたじゃんー?してなかったってこと~?バッカァー!きゃはは」

 ミュゼが仰け反って笑っています。確かに独りよがり過ぎて笑えてきますね。


「ねぇ!フォルティナ。横恋慕ってなぁに?」

 思わず椅子の脇息から腕を落としかけました。

 この子の学の無さは平民なら仕方のないことなのでしょうか?

 ハート家で働いていた平民のメイドや下働きも多少はお話が通じましたけれど。


「横恋慕は思い合う恋人同士の間に横から割り込んで思いを向けることですわ」

「え?フォルティナは横入りしたじゃん?」

 説明はすっと理解したようなのでおバカではないのかしら?

「私は好きで結婚したのではなくて親の命令ですので横入りとは違いますの」

「んー?わからないけど、ジェーンのことは嫌いってことぉ?」

 大変良くできました。

 石ころ一個、いいえ、ホコリのひとかけら分も好意がありません。


「私は婚姻相手を思いやる言葉ひとつなく、誠意も全く見せない殿方に好感など感じません」

「もー、わかりやすく言ってよね!プンプン!フォルティナはジェーンがすっごい嫌いってこと?」

 なぜかミュゼがアルサス卿に留めを刺していて面白いです。

「そうです。すっごい!!とっても!!一番!!嫌いですの」

「あはは!イッチバン!イッチバンはすんげぇ嫌いってことね!きゃはは!!ミュゼ、わかったぁ!」

 手をぱんぱん叩いて笑う彼女はちょっと好きかも知れない。


 アルサス卿は白くなった顔で離婚届にサインしてくれたのです。


 ミュゼ!感謝致しますわ。




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