第5話

 身の回りの世話は断り、食事も部屋でと伝えると申し訳なさそうに了承された。


 ポツポツ話を聞けば、ロジェス卿がほぼ無感情で自力で何も行動を起こさないので、乳母だった侍女マリーが付ききりで、料理番、洗濯番などの女性はいるが貴族女性をまともに世話できる女性がいないのだそうです。


 私が侍女を連れてくるものと思い込んでおり、募集をかけようと言い出したので断りました。

 料理と洗濯をして頂けるなら、孤児院の時より楽が出来てしまいます。


 ロジェス卿が、私を罵倒したり虐げる元気もないようなら、予想より安穏に過ごせそうです。


 この領地のお仕事は、家令のジョルジュが任されているそうなので、私はすることがないようです。ここでも何もしない嫁でいられますね。


「何かご要望がございましたらば、このセバスチャンにお申し付けください」

 ロジェス卿は虚無状態なのでセバスチャンは手持ち無沙汰でいるそうで、私のお世話がしたいのだとか。

 見張りも兼ねてそうだと思うのは私が捻くれすぎかしら?


「そうね、何もする事がないから刺繍の素材をたくさん用意してくださいませ」

 そう言えば、顔色を曇らせました。

「ハート家より、教会に関わりを持たせないようにと・・・」

 バザー用かと思われたようです。

「教会には行かないわ」

 自分のシーツやテーブルクロス、クッションにすると伝えれば納得したようです。


 来る途中で馬車の中から見た限り、この地は長閑で牧場や農業を営んでいるくらいで、商店街なんて無さそうです。

 時間を潰すなんて事は出来そうなカフェもないとなると外出先も限られそうです。


「私は引き篭もりになりそうね」


 教会に行くこともできず、気分を紛らわせるお店も無い。

 家政に社交も必要ないとなれば、何をすれば良いのでしょう?


「今日はもうゆっくりするから夕食まで一人で良いわ」

「承知しました」

 セバスチャンは一度礼をしてから出て行った。


 ルーナを呼びたいけれど、まだ私がどうなるか、安心できないと思うのです。

 実家から色々聞かされているなら、お手紙も中を見られるかどうかは賭けになってしまいそう。

 ルーナと神父さまたち子供達に、元気でいると伝えられたら良いのですが。


 そう言えば私の荷物は用意されていると言うお部屋に持って行かれてしまったので、着替えができないことに気がつきました。

 

 困りましたね。

 

 着替えたいと言っても、旅装として着て来た簡易なワンピースドレスもトランクの中の衣装も大差ないので、変えなくても良いかしら。

 貴族用ドレスを三着と普段着のワンピースと五着しかありません。

 着回しできる最低限です。


 母がどうにかして私にドレスを持たそうとして来ましたが、母のセンスは華美でデコルテが広すぎて私の趣味ではないのです。

「夫に手を出されない惨めな妻なんてお気の毒ね」

 などと嘲笑われている社交界で、そんなドレスを着ようものなら、

「必死ね?夫に媚びてまで妻の座にしがみ付きたいのね」

なんて言われかねない。


 アルサス卿とは一切夜会など参加したことがないので、そんな事は実際に言われた事はありませんが、「お可哀想」「あんな女性に負けるなんてよほどね?」なんて事はちょっとしたお茶会の席では度々言われましたよ。

 ミュゼがやらかした後なんかはご夫人たちの囀りはかなりうるさかったです。

 ここではそんな外野の声は気にせずに済みそうなのは嬉しいです。


 再婚相手のロジェス卿とは会えないようですので、今回も「初夜」はありませんね。

 望んでした再婚・・・あら、白い結婚で婚姻無効にはずなのに、随分条件がひどいお相手を押し付けられましたわ。


 婚姻届は自筆で署名がいるのですがどうなるのでしょう?もう出してあるのかしら?私も署名はしておりませんが偽造でもなさるのかしら?

 お相手が無気力ということは、婚姻誓約書など署名頂けないですね。

 

 ここにやって来たものの親同士が勝手に決めて家同士の約束は成立しているものの、正式な夫婦ではない状態ですかしら?


 あとでセバスチャンに聞いてみましょう。


 さて、夕食まですることが何もありません。本棚には数冊の書物がありますが、この地の歴史と妻の心得、聖書などとなんとも言い難いチョイスです。


 聖書って、神の御業、信徒の心得など子供の頃から学ぶ物です。知っている内容を読むのはつまらないので学び直したい時でいいです。

 この地の歴史はお仕事を与えられない私に必要なのかしら?

 実は仕事をしろと言う無言のサインかしら?

 妻の心得・・・少し開いてみました。夫を立てて常に後ろに控えとか、閨では夫にお任せするのではなく・・・。

 前時代的な書物ですわ。


 

 夕刻前にノックがあったので「どうぞ」と答えると少し年嵩の女性が入って来ました。


「奥様、ご挨拶が遅れまして大変失礼をいたしました。私はカイラスさまの侍女マリーにございます」

 何故かとてもご機嫌が悪そうなマリーに私は睨まれています。

「そう、私はフォルティナです」

 まだ籍が入っていないのでロジェスと名乗るわけにも参りませんでしょう?


「奥様は何故!坊っちゃまの元に!!挨拶に参りませんのか!?」

 ご機嫌の悪い理由がわかりました。

 でも出迎えなしで、セバスチャンが「今日はお会いになれない」と言ってましたから。


「坊っちゃまの事情は聞いていらっしゃったのでしょう!?ならば心寄り添わせ、坊っちゃまが心地良いようにお世話すべきですよ!」

 マリーの叱責に私は唖然としました。


「私のことをどう聞いていらっしゃるか存じませんが私は家を出て教会にいる時に無理やり連れ戻されここに嫁がされたので詳しい事情は聞いておりませんの」

 そもそも貴族の夫人は自分の生んだ子すら我が手で育てませんのに夫のお世話をしろと??それこそ侍女やメイドがいるのですから任せた方が良いですよね。


「なっ!!教会に身を寄せていたですって!?そんな欠陥品のような女を私の坊っちゃまに当てがったと」

 元夫と白い結婚だったことも聞かされていなそうです。


 それより坊っちゃま坊っちゃまとうるさいと思っていたら「私の坊っちゃま」とまで言い出しました。


「マリー、貴女は今なんとおっしゃいましたの?」

 「私の坊っちゃま」はどうでも良いですが、赤の他人に欠陥品などと言われる筋合いはないのです。


「貴族としてなんの役割も果たせないもの同士くっつけられただけのこと、欠陥品などと自分のお坊っちゃまにもお言いなさいな」

「まぁ!まぁああ!!!!」

 私は身分を笠に着せたいわけではありませんが、それなりの矜持は持っています。


 先の婚姻前まで、この身分に相応しくあろうと努力もいたしました。

 夫となった相手とそれなりに期間をかけて家族になって、子を産み育て、領地にためになるよう社交と交流をと。


 全部無駄になったあの日、私は貴族として己を律することを捨てたのです。

 無理やり貴族夫人となる事を強要されましたが、ここでは貴族夫人なんて必要ないかと思います。

 私は再び、貴族の役割を果たせないお相手を押し付けられたのです。


 マリーのあまりの大声でセバスチャンが駆けつけて来ました。


「奥様!!マリー、貴方は何を考えているんです!」

「坊っちゃまの嫁としての役割を果たしていただくのです!!」

 

 セバスチャンとマリーは口論を始めてしまいました。セバスチャンは今は合わせても意味がないと言い、マリーは傷付いた心を癒やし寄り添えと言う。

 見知らぬ女に恋の痛手を癒せるものでしょうか?


 私の部屋で揉めずに他所でやって欲しいのですが?

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