第6話
私に用意されたお部屋は、あり物の家具で良いと言ったので客室と大差ありませんが、それなりになっていました。
しばらくはこの屋敷内の現状把握に努めて、私がここに来なければならなかった理由を探る事にしました。
セバスチャンは基本的に職務に忠実で、主家に関わらない部分は私に協力的とも言えます。
そしてマリーは坊っちゃまの食事、デザート、お茶、風呂の世話と甲斐甲斐しくお世話をしています。
無気力状態でそれだけこなせてるんだと驚きましたわ。
一週間くらいで、セバスチャンがあっさりロジェス卿の事情を話してくれました。
ロジェス卿は本来の婚約者を気に入っておらず、婚姻式目前になった頃に、幼馴染であったマギー・ルゥ男爵令嬢と家から宝石や現金を持ち出し、手と手を取り合って隣の領まで逃避行したのち、家を借りてしばらくは新婚ごっこで盛り上がっていたが、何をするにもお金がかかり、お互い貴族で自分で家事をしたこともないため、食事は外食、着替えは毎日脱ぎ捨てると言った感じで、あっという間に家がドレスや生活ゴミで溢れ、金銭苦になり、すぐに我に返ったのだと言います。
それでも幼い頃から思いを寄せ、一緒に逃げてきた男爵令嬢を守らないといけないと掃除をして、洗濯をし、食事を作ろうと奮闘したロジェス卿ですが思うようには出来なかったそうです。
男爵令嬢は「こんなはずじゃなかった」とロジェス卿を詰り、近所の商人や友人の令息たちと関係を持って金銭やドレスを買ってもらうようになったそうです。
「カイラス様はその現場を見てしまったようで」
あら、それはとてもお辛いことでしょう。
結局、男爵令嬢はどなたかの子を身籠もって、一番身分の高い家の令息に「貴方の子よ」などと詰め寄って、お相手の家族に身辺を調べ上げられた上、ロジェス卿や他の男性のことを知られて「誰の子かわからない」子を使って婚姻を迫るのは恐喝に当たると投獄されてしまったそうです。
その令息もやることはやったのでしょうから多少の責任はありそうですが。
ロジェス卿はギリギリまで「自分の子」だからと男爵令嬢を庇っていたそうで、身分の高い令息のフール公爵家の逆鱗に触れてしまったようです。庇うなんて、恐喝の共犯とされても仕方ないですね。
「本来このような事態を起こしたカイラス様は除籍されるべきでしたが、奥様とお嬢様、そしてマリーが必死に旦那様を説得されまして」
あのマリーの様子から奥様とお嬢様とやらも強烈そうですね。
男爵令嬢は子が生まれるまで、公爵領にある荒屋に監禁され、女児を産んだのち、悪い噂のある隣国の伯爵に引き渡されたと言います。
「下民なので好きにして良い」と妾でも奴隷扱いでも良いと公爵が言い添えたことで碌な扱いは受けないだろうと言います。
女児の父は見た目から明らかに遊び相手の一人であった商人だろうとのことです。
「フール公爵の怒りが厳しくカイラス様が万が一男爵令嬢に手を差し伸べたり、子供を引き取ったり助けに行かないように、監視が必要ですので、ある程度の生活と良い女性との婚姻を・・・」
私はフール公爵家に目を付けられたロジェス卿と婚姻させられるわけですか。
離婚歴があって白い結婚だった、教会に身を寄せたと言う、ちょうど良い傷物だと判断されたのでしょうね。
「そう、ここに引き篭もって息子を押し付けて暮らさせるのにちょうど良い、良心の痛まない女が私ですのね」
気まずそうな顔をするセバスチャンには申し訳ないけど、巻き込まれただけの私はロジェス卿の更生に付き合う気は起きないのですわ。
「どこまで期待されてのことかわかりませんが、私はそんな心の弱い方を支えられるほど出来た女じゃないんですの」
男爵令嬢の産んだ子のような望まれない子が孤児院にはよく入れられてきます。
令嬢が婚前に産んだ子、メイドや平民が主家の者に弄ばれたり、行為を強要された結果出来た子、貴族の邪魔になったと私刑にあった者の子、重税に苦しんで育てられないと捨てられた子、ほとんどが貴族のしたことの犠牲者です。
そんな子供たちを見てきた私にとって、理由がなんであれ、貴族の契約である婚姻を投げ出し、責任を果たさずに、住む家、使える者、お金に困らない暮らしを与えられているロジェス卿が、腹立たしいのです。
私も貴族令嬢(元ですが)としては何も果たせていませんけど、父に逆らえないで嫁いだ先で蔑ろにされ、やっと得た自由をこんな無責任な人のせいで奪われたのです。腹を立てても許されるのではないでしょうか?
「セバスチャン、ロジェス卿は領地運営も社交もこなせない、領地は家令が守り、私には何もすることがない、ですわね?」
この領地は領民が少なく、これと言った名産もない。ほぼ赤字でロジェス侯爵領の一部だから成り立っているだけなのでしょう。
ロジェス卿には何も期待していないからこそ、ここなのでしょうが、貴族令嬢を当てがおうなどと失礼にも程がありますし、よくも他人を巻き込んだものです。
ハート家にとって、家を捨てようと足掻いた私の価値は路傍の石くらいだったのですね。
「教会にも行けずにここで何をして過ごせばよろしいの?」
「・・・カイラス様の話し相手など・・・」
物言わぬ虚無状態の方に話しかけろと言うのですね。
マリーも毎日うるさいので、一度ロジェス卿のお部屋に行ってみることにしました。
唖然としますわ。
豪華な家具と寝具でお花まで飾られて、侯爵家本家での暮らしをこの鄙びた家でも再現なさってるんですもの。
マリーの気合いが目に見えるようです。
「やっと参りましたね!!」
マリーは鼻息荒く私をロジェス卿の前に押し出します。
どんな状態か興味を持ったので来たわけですが、やはり来なければ良かったと思いました。
彼の顔色は良く、多少痩せ気味ではありますがとても清潔です。
孤児院に来た子は、最初は全てを拒絶するような気が多いのです。
食事を与えても食べないか全て吐き出して、身体を拭こうにも体に力がなく、ぐったり脱力した体を拭くのは子供相手でも重労働です。
寝かせていても布団の上で膝を抱えて震え、糞尿は垂れ流しになります。
無気力と言うのはそう言った状況です。
「マリー、湯灌やお花摘みはマリーがお世話を?」
「まぁ!私が浴室まで連れて行ってお世話させて頂きますがお花摘みは自分でなさいますよ」
私はセバスチャンを見ます。セバスチャンは目を伏せて反応を見せないようにしました。
「セバスチャン、マリーを側付きから外しなさい。ロジェス卿には食事の配膳と湯の用意だけを」
「な!!私から坊っちゃまを離すだなんてあり得ません!許しませんよ」
マリーは予想通り怒って暴れますがセバスチャンが抑えてくれました。
「マリーが行っているのは優しい虐待です。彼から行動する気力を奪っていますよ」
それに甘えきっているロジェス卿も愚かですが、裏切りに心が弱っている中、子供の頃からお世話をしてくれているマリーに頼るのは仕方がない事かもしれません。
「自分でお花摘みに行ける理性があるのであれば、お腹がすけば食べるでしょうし、身体が不快であれば、浴室に行き着替えるでしょう?」
セバスチャンもマリーも憐れむだけではダメなんですよ?
ロジェス卿が私を一瞬見た気がします。ここで私に余計なことをするなと言えば、よろしいのにね?
貴方が自分を憐れむなら私もそうしますよ?
さすがに不特定多数ではなくても、最初から本命の女性がいた挙句、初夜までそのお相手を連れ込まれたのでそれなりに不幸でしょう?
「あー、元夫の行動が悲しくて辛くてたまりませんわ」って、あの人のことはどうでも良いのですけどね。
ルーナと子供たちと引き離されたことが一番辛いのですわ。
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