第47話 自由の戦士たち
それは、貨物船や旅客船―その他『軍用ではない』機体の群れ。辛うじて護身用の武器を搭載したそれらが、編隊も組まずに現れた。その旗手を務めていたのは、潜航状態から浮上した輸送艦―『ガーイェグ』。粘液の海を割って出てきた岩造りの船は、とある少女によって指揮されていた。
その威容を浮かび上がらせた解放同盟旗艦は、そのまま岩石の島の中に入り込む。勿論、通常の『エサム級陸上戦艦』にそのような機能は無い。これは、『ガーイェグ』―否、今やメイン・ブリッジの中央に座する泥田善子『艦長』の異能の賜物である。岩を割いて完全に姿を現したガーイェグ。船体から『サモトラケのニケ』のように半身を乗り出した善子は、メガホンを片手に妖艶な微笑みを浮かべた。
「よわよわレン人の皆さん〜?群れてないと不安な雑魚の皆さん〜?皆さんの泥田善子ですよ〜♡」
上陸してきた敵を前にして、公爵率いる親衛隊が展開していく。次々と現れる装甲車に、善子は手を振った。上品かつ控えめに振られた手は、メトロノームのように動き―中指を立てた状態で止まった。
「イワシみたいな皆さんの、ちょっとかっこいいところ、見せてくださいね〜?」
空を旋回する非戦闘用の輸送船の群れが、その貧相な砲身を地上へと向ける。一機だけなら忽ち対空砲火の餌食になるが―その数は百機以上。うち何隻かは、革命軍仕様のスター・ファイターも混ざっている。
「攻撃、開始です♡」
そして彼らは『女王蜂<ミストレス>』の号令の元、一斉に火を吹いた。
「増援!?」
ガレオン船に対処していたヒライは、その報告を聞いて飛び上がりそうになった。更に彼らが現れた場所は祭壇の裏側、『生贄』救出には最高の位置である。
「ヘイローが落ちたんだ!俺たちだってやれる!」
古い輸送船を駆る初老の男は、対戦前にはドーム間の輸送業を営んでいた。中古で買った輸送船に荷物を詰め込み、静かで美しい月面の景色を眺めながら、気侭に配送業務をする。それが、彼にとっての幸せだった。ムーンビーストによりドーム間移動を禁じる法律が制定され、『ヘイロー』による監視が始まるまでは。
もう二度と、『明日』を奪わせてなるものか。もう一度、『自由な未来』を掴み取るために。彼らは出自も所属もバラバラであるが、その想いだけは一致していた。彼らは正しく烏合の衆。しかし、間違いなく解放同盟の戦士であった。
ン=グィを立つ直前。善子たちは、彼らの一団と遭遇した。彼ら『義勇兵』は出身も職業も性別もバラバラであり、皆それぞれの思いでウボスに向かっていた。最初は三機ほどだった宇宙船も、善子たち本当の解放同盟と合流する頃には、百機ほどに膨れ上がっていた。
「如何にざこざこレン人大集合と言えど…この数は厳しいんじゃないですか〜?ねえ、クソザコナメクジの皆様?」
「なっ…」
親衛隊の指揮を執っていたムーン・ビースト。彼の逞しい下半身は、瞬時に挽肉へと姿を変えた。地面から伸びた無数の円錐が、装甲車諸共彼を貫いたからである。
泥田善子はその気位の高さ故か、面と向かった際には『正々堂々』―上品な決闘を好んでいた。しかし、そのせいでこっぴどく負け続けてきた彼女は、最近考えを改めた。そもそも彼女の養父―ルーマニアの『串刺し公』は、そのような戦いに固執していない。大好きな『パパ』も許してくれるのであれば、喜んで『串刺し公女』の謗りを受けよう。彼女は、そう思うことにした。
形振り構っていては。プライドも、友人も、何一つ守れない。ここ数ヶ月で、泥田善子が学んだ教訓である。
一瞬のうちに。水晶を囲むようにして、岩の杭が乱立した。品性の欠片もなく、下品とも言えるような残虐性。戦場は一瞬で、赤い花を付けた木で埋め尽くされる。雨後の筍の如く生えたそれらは、装甲車をひっくり返し、敵兵士の肛門を増やし、対空砲に地面を狙わせたりした。
「はあ〜♡よわよわのカス共の相手をするのは、気分がいいですね〜♡蹂躙蹂躙♡ストレス解消♡」
正に赤子の手を捻るように。善子は単身で親衛隊を壊滅させていく。そもそも彼らの装備は、人型の生命体<同族>を攻撃するためのものである。それ故に、頭だけを地面に出して、すいすいと地中を泳ぐ善子にまともな狙いなど付けられるはずもない。せめて、掘削機や爆発物の類を持っていれば話は変わっていただろうが―生憎、彼らは兵士であって炭鉱夫ではない。
親衛隊による防衛線が突破されるまで、幾許の猶予もない。その様子を見て、公爵は青筋を浮かび上がらせた。怒号と共に、親衛隊の兵士たちに指示を出す。
「儀式を進めさせろ!この際手段は問わん、撃ち殺せ!」
生贄たちは、まだ半数以上が残っていた。クレマトリオムにいたものは、公爵の予想に反して早期に体力が尽きていた。そして、フレドリッヒ基地から徴用していた者たちは、すぐに戦いを放棄してしまった。彼らは気高かった。醜悪に殺し合い、公爵の思い通りになるよりは。自ら、死ぬことを選んだのだ。子供たちを中心に、彼らは輪になって座り込んだ。外側にいたのは、炭鉱夫の男たち。彼らは震えながら互いを鼓舞し合い、終わりの時を待っていた。
「何をしている!」
兵士の一人を、公爵は撃ち殺した。そして、彼はその隣にいた兵士から小銃を奪うと、窪みに突き落とした。そして、その男に向けて小銃を構える。
「ここで撃たなければ、貴様らも生贄に加えてやるぞ」
最早取り繕うことすらせず。彼はその凶暴性を顕にした。発声機越しの不愉快な命令に、レン人の兵士たちは竦み上がった。彼らの背後には、レプハーンとレベッカの姿。もし命令に違反することがあれば、自分たちも生贄と同じ末路を辿ることになるのだろう。
「その必要はありませ〜ん♡」
からかうような声。続いて、窪みを覆うようにして、岩造りの『蓋』が展開される。小銃の射線を遮るように現れたそれは、兵士たちの視線から生贄を覆い隠した。
「撃ちたくなかったですよね〜?良かったですね、これで言い訳ができますね♡」
見えないものに狙いは付けられませんから、と彼女は笑った。
「これは…!」
窪みに囚われていた炭鉱夫の男の目に入ったのは、大きな矢印と人二人が通れる通路。どうやらその道は、外へと通じているらしい。更には、彼らを監視していた兵士たちの視線は、完全に遮られていると来た。彼らは全員がゲリラの訓練を受けている。静かに、そして速やかに、生贄たちは脱出を開始した。
そんなことなど露知らず。公爵は怒号を上げた。
「貴様…っ、そうか、地中に潜って―」
『ヘイロー』を欺いたのか。『五守護』と『悪魔』に気を取られすぎた。真に警戒するべきは、途中で連れて来られた増援―この女だった。不愉快だ、本来なら『ヘイロー』の狙撃で、輸送艦を吹き飛ばしていたはずが。何者かの『横槍』のせいで、回避されてしまったことが惜しい。
「そうです〜♡よく分かりましたね、偉い偉い♡」
ご褒美、とキッスを投げた善子に背を向けると、公爵は腹心の二人を呼び出した。レプハーンとレベッカは、武器を構えて善子の前に進み出る。
「レプハーン、レベッカ。命令を下します。この不愉快な女を殺しなさい」
「御意」
青白いスパークを湛えたスピアを構え、襟巻を広げたレプハーンと、スタンバトンを起動したレベッカ。その二人を眺めて、善子は不敵に笑った。
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