第46話 月のクジラ

 大規模な戦闘が行われているウボスの湖、その上空。色とりどりの光が、満点の星空に負けじと光り輝いている。それは不遜にも―星々の光よりも煌々と光を放ち、そしてその度に命の灯火を吹き飛ばしていく。




 「右舷よりミサイル接近!」




 「フレア発射!」




  『サイサリス』は、満身創痍であった。機体に張られたシールドも、ターボレーザーを拡散させるアンチビーム膜も、猛攻を凌ぐには心許ない。




  上を取ることで、ガレオン船一隻を撃墜することには成功したものの、戦力差は依然として六対一。加えて内一隻は同型艦である。




  艦砲射撃が船体を掠め、大きく揺れる。機体が傾き、制御が効かなくなるその瞬間を、フライの駆る『ゼフィランサス』は見逃さなかった。ターボレーザーの輝きと同時に、再び船全体が地鳴りのように振動した。そして今度の揺れは、爆発音を伴っていた。




 「艦長!第三エンジンで異常発生!」




  報告を受け、ヒライは歯噛みした。陸上戦艦が到着するまで、あと五分ある。これでは、到底持ちそうにない。どうする、と思索を巡らせた彼に、悲鳴のような報告が向けられた。




 「上空より増援!ガレオン船です!」




 「エサム級一番艦『ブラッドリー』通信途絶、二番艦『ドリル』轟沈!ガレオン船よりバンカーバスター射出、艦長、このままでは…!」




  増援だと。ヒライのこめかみに、汗が伝う。対潜装備の『バンカーバスター』、それを装備したガレオン船。瞬きのうちに、虎の子であった陸上戦艦二隻が葬られた。一体どこからの攻撃だ、と彼は唸った。付近のドームには、対潜装備のガレオン船が停泊しているという情報はなかったはずである。




 「数は!」




 「六隻!」




  それだけの戦力、何処から湧いて出た。これでは、陸上戦艦が祭壇に辿り着けず、儀式が成就してしまう。そうなれば、囚われていたレン人たちを救えない。




  肘置きを握りしめた彼に、今度は通信士が声を掛ける。




 通信の相手は、第一艦隊の相手をしていたダナンであった。彼の乗るガレオン船はかなり消耗しているようで、通信にはノイズが混じっていた。




 「ヒライ艦長、敵増援を確認した。生贄となった民には悪いが―公爵の殺害を最優先にするべきだ。残りの陸上戦艦を浮上させ、砲撃させる」




  彼の提案は尤もだ。このままでは、負ける。そうなれば、この戦いは全て無駄になる。しかし、せめて公爵ら幹部さえ葬ってしまえば―この先の犠牲を減らせるのだ。彼は決断を強いられた。『痛み』を伴う、決断である。








  ガレオン船が現れたのは、空の彼方。地球の虚像―幻夢境からである。海咲により『ヘイロー』が撃ち落とされる直前、公爵は幻夢境における彼らの拠点、港湾都市『ダイラス・リーン』より、増援を要請していたのだ。




  空から現れたガレオン船の艦砲射撃により打撃を受け、ボ=グ率いるレヴォールたちは一度体勢を整える必要があった。




 「天使!一度体勢を立てなおす!良いな!」




  傍らで自身を護っていた少年に、ボ=グはテレパスを飛ばした。自動小銃による銃弾の雨を掻い潜り、同族の尾で造られた槍を兵士に突き立てると、彼女は振り返った。




 「…天使?」




  そこに、彼女の新しい参謀の姿はなかった。代わりに、彼女はテレパスを受信した。それは大気を震わせるような、美しい歌声。彼女たちのものとは異なる周波数―管楽器のように壮大で、心が震えるほどに心地よいものであった。




 「女王ボ=グ、地上を頼む。…ガレオン船は、任せておくれよ」




  どこからともなく響いた『返事』を、彼女は口吻を伸ばして承諾した。彼女は同族に集合命令を出すと、一箇所に集め整列させる。先程までは艦砲射撃や狙撃の脅威を鑑み、敢えて乱戦とさせていた。しかし、最早その必要はないようだ。




  ウボス防衛軍第三艦隊、地上部隊。その指揮官を務める男は、レヴォールの動きを警戒していた。不愉快なことに、彼らには『軍略』を解する程度の知性がある。しかし、所詮は虫共の知恵だ、すぐに暴いてくれよう―そう思っていた彼は、頭上を覆う影に気がついた。全長八十メートル級のガレオン船より、遥かに巨大なその影は、星空の海を悠々と―泳いでいた。




  それは巨大な鯨の姿をした、竜であった。七色に光を反射する鱗を身にまとい、優雅に腰をくねらせて、それは夜闇の海を揺蕩っている。星空に浮かぶその姿は、雄々しく、力強く―そして何より美しかった。それは深海魚のように禍々しい、六枚の鰭をゆったりと動かしながら、ガレオン船に肉薄する。




  ガレオン船の艦長を務める男は、ブリッジで凍りついていた。彼は何度も命令を下した。『撃て、撃て、撃て』。しかしガレオン船の放つ艦砲射撃の類は全て、竜の周りを渦を巻くように避けていき、主であるガレオン船に突き刺さった。




  鎌首を擡げたその竜は、大きく口を開ける。そして、ガレオン船のブリッジを破壊すると、粘液の水面に叩きつけた。爆発四散したガレオン船を他所に、それは体をくねらせて浮上し、再びガレオン船団に向かっていく。




 「まさか…あれは…」




  『サイサリス』ブリッジ内。その様子を見ていた兵士は、ぼそりと呟いた。彼らレン民族は、地球にいる彼らの神と別に、月の神を崇拝している。かつて月面戦争で、レン民族の生命を貪る月の邪神『ムノムクア』封印の切っ掛けを作った、聖なる水竜。それが、『月クジラ』―彼らの言葉で、『レヴィアタン』と呼ばれる竜である。




 「レヴィアタン様!うおぉぉぉ!」




  歓声と共に、解放同盟の戦士たちが鬨の声を上げる。レヴィアタンは旋回すると、周囲の注目を偏に集めながら次の獲物に狙いを定めた。その様子を見て、総指揮官であるフライは不愉快そうに唸った。




 「『アレ』に艦砲射撃は無意味だ。陸上戦艦の駆除を急がせろ。爆雷を射出、展開し、レヴィアタンを足止めする」




  冷静に判断を下すと、『サイサリス』との戦闘を残りの五隻に任せ、彼は戦線を離脱する。まずは、連中の『増援<レヴィアタン>』を片付ける。残りは、時間をかけて仕留めてやれば良い。




  マスクの中に冷たい視線を湛え、彼はレヴィアタンを睨んだ。第二次大戦の際に、指揮官の一人であった彼は、レヴィアタンの『能力』について彼らの主から説明されていた。厄介な『視線誘導』の能力はさておき、『流体の操作』はターボレーザーを主兵装とするガレオン船にとっては致命的だ。ターボレーザーは性質こそ『光』に近いものの、実際は一定の周波数で構成される粒子の波を射出しているに過ぎない。それは寧ろ水に似ており、成程『海の魔物<レヴィアタン>』の支配下に置かれてしまう。




  攻略は簡単だ。流れを変えられるなら、その流れに載せてしまえばよい。フライは爆雷を射出し、レヴィアタンに向かわせる。ばら撒かれた爆雷は海竜レヴィアタンの纏う空気とターボレーザーの渦に巻取られ―そして爆発した。直撃はしていないものの、衝撃は大きい。レヴィアタンは大きく仰け反ると、怒りの眼をフライに向けた。




 「後退しろ。ただし、爆雷を撒きながらな」




  海中に機雷を設置するように、『ゼフィランサス』から爆雷が吐き出されていく。それは空中でホーミングし、レヴィアタンの周囲を固め、進路を塞ぐようにして滞留する。




 「気を引きながら、時間を浪費させる。それで『詰み』だ」




  儀式を遂行させる為に必要な条件は、時間だけ。陸上戦艦はガレオン船に対処させれば事足りる。レヴィアタンの足さえ止めてしまえば、後は何も恐れることは無い。




  そう思っていた彼を嘲笑うように。海竜はゆったりとその場に佇んでいた。六枚の鰭をはためかせ、艶やかに空中に留まると、周囲に魔法陣を展開する。魔法陣から放たれたのは、電撃。青白いスパークに包まれ、爆雷が作動し、誘爆していく。




  これでいい。フライは頷いた。こうして何度も、機雷除去に時間を割かせる。彼は時計を眺めた。公爵から告げられた、儀式が終わる予定時刻まで、あと十分足らず。完璧に組み立てられた戦略には、一分の隙もない。着実に―確実に、終わりの時は近づいている。




 「艦長、通信です!」




  もう一度時間の計算を始めた彼に、通信士の男が呼びかける。どうやら、先行させたガレオン船から入電があるらしい。




 「なんだ」




  通信士は、余裕のない様子で振り返った。




 「『祭壇』方向より、敵増援を確認!その数…百以上!」




  その報告を受け、フライはレーダーの範囲を広げさせた。祭壇の向こう側、小さい反応が無数に検出される。




 「また無辜の民を殺させるか、ヒライ…っ!」


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